ひきこもり・ニート・不登校の家庭内暴力
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ひきこもり・ニート・不登校の家庭内暴力

ひきこもりやニート・不登校児を抱える家庭の支援をしていますと、かなりの割合でいわゆる「家庭内暴力」に出くわします。この家庭内暴力がひきこもり問題をいっそう扱いにくいものにしています。

 

 

 

 

些細なこと、時には理由もなしに突発する暴力は、家庭の雰囲気を荒涼とさせずにはおきません。

 

 

 

 

家中を不自然でこわばった沈黙が支配し、家族は本人のちょっとした表情、しぐさにもおびえながら生活する日々を強いられます。

 

 

 

 

とりわけ母親が暴力を受けやすく、本人から表面的にはまるで奴隷同然の扱いを何年も受け続けることがしばしばあります。

 

 

 

 

誇張ではなく、24時間、べったりと密着した生活が続き、ゆっくり眠る時間すら奪われてしまいます。

 

 

 

 

真夜中にたたき起こされ、本人が唐突に思い出した昔のうらみつらみを何時間でも延々と聞かされます。

 

 

 

 

それでも「母親の相槌が気に入らない」といったことから、理不尽な暴力が始まります。

 

 

 

 

思春期問題の専門家の中には、こうした暴力は甘んじて受けなさい、といったアドバイスをする人もいます。

 

 

 

 

気が済めばおさまるし、親は暴力を振るわれるだけのことを子どもにしてきたんだから、というのがその理由のようです。

 

 

 

 

しかし、長年ひきこもりの支援をしてきたわたしたちの意見は違います。こうした対応は単純に間違いです。PAK86_icyounokitohizasi500_TP_V1

 

 

 

 

間違っているだけでなく、時には暴力を助長してしまいます。「進んで暴力に身をさらす」などという行為は、危険な挑発にほかならないからです。

 

 

 

 

家庭内暴力の底にあるものは「悲しみ」なのです。単純な攻撃性なら、たしかに「気が済む」こともあるでしょう。

 

 

 

 

しかし、家庭内暴力は、そのような爽快感とは一切無縁です。暴力を振るうほど、みずからも傷つき、暴力を振るう自分が許しがたく、しかしそのような「許せない自分」を育てたのはやはり両親なのだ、という自責と他責の悪循環があるだけです。

 

 

 

 

「親は暴力を振るわれるだけのことをしてきた」という見解もまた、古くは「母原病」などにさかのぼりうる「犯人探し」の論理です。

 

 

 

 

これに関連して、わたしたちはある興味深い事実に気づきました。「ひきこもり」や「家庭内暴力」の場合、本来の意味での「幼児虐待」を受けた事例がほとんどないのです。

 

 

 

 

この理由を考えてみますと、深刻な虐待の経験者は、より病理性の深い「解離性同一性障害(いわゆる多重人格やPTSD」を発症することになりますが、家庭内暴力による「親への復習」などは思いもよらないことが多いのです。

 

 

 

 

むしろ虐待の犠牲者は、自分が家庭を持ったときに、妻や子に対して暴力を振るうようになることが多いようです。

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過去のうらみつらみとの付き合い方は、ひきこもり本人の恨みを言葉として十分に聞き取ること、同時にその言葉に振り回されないことが大切です。

 

 

 

 

わたしたちの基本的立場は「暴力の拒否」です。それば正当な「体罰」であろうと、共感可能な「復讐」であろうと、いっさいの暴力は、方法としては否定されるべきです。

 

 

 

 

「方法としては」といった言い方になるのは、制度としての体罰は否定されるにしても、あえて制度を犯してなされる体罰のなかには、肯定せざるをえないものもある、ということですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

「拒否」といいましたが、もちろんそれは暴力との「対決」を意味していません。「対決」もまた、暴力を助長するだけだからです。

 

 

 

 

暴力の拒否とは「暴力を押さえ込むための暴力」も拒否するということです。力で家庭内暴力を制圧する試みは、ほとんど確実に失敗します。

 

 

 

 

暴力は暴力の連鎖しか生み出すことはないという一つの常識を、ここで再確認しておきましょう。

 

 

 

 

家庭内暴力に対しても「拒否」で向き合うしかありません。しかし、「拒否」の方法は、ひきこもりの事例によってさまざまになるでしょう。

 

 

 

 

家庭内暴力について、その重症度、あるいは難しさを決めるのは、暴力の内容ではありません。むしろ問題となるのは、「暴力の続いている期間」ということになります。

 

 

 

 

かなり激しい家庭内暴力であっても、まだはじまって数週間なら、対処は比較的容易です。

 

 

 

 

しかしそれほど激しさはなくても、何年も続いている慢性的な暴力では、かなり対応が難しくなります。

 

 

 

 

ここでは大きく分けて、比較的対応しやすい「初期の暴力」と、長期化し、こじれた「慢性的暴力」の2つについて、その対応方法を具体的に述べてみましょう。

 

 

 

 

どのような対応をするにせよ、まず暴力の背景を十分に理解しておくことはどうしても必要です。

 

 

 

 

 

暴力を振るわずにはいられないという気持ちを、どのように理解するのか。

 

 

 

 

 

客観的な事実はどうであれ、ひきこもり本人の中では、これまでの人生が惨憺たるものだったとの思いが強くあります。

 

 

 

 

受験に失敗したこと、自分の容貌のこと、恋人や友人ができなかったこと、望んだ会社に入れなかったことなど、ひきこもり本人はみずからのこれまでの自分の歴史を、あたかも失敗の連続のように捉えているはずです。

 

 

 

 

彼らがかろうじて自殺の誘惑に陥らずに済んでいるのは、まさに「失敗」を他人のせいにすることによってです。

 

 

 

 

しかしひきこもり本人は、必ずしも「自分がこうなったのは親のせい」であると確信しきっているわけではありません。

 

 

 

 

家庭内暴力の事例を見ていきますと、ほとんどすべての事例が「自分は親に迷惑をかけ続けてきた、ダメな人間である」と告白します。これもまた、彼らの本心なのです。

 

 

 

 

このように彼らは自責と他責の間で引き裂かれ、心やすらぐことのない日々を過ごしています。

 

 

 

 

精神分析家の神田條治氏が指摘するように、家庭内暴力の背後にある感情は、「憎しみ」ではなく「悲しみ」なのです。

 

 

 

 

初期の家庭内暴力を沈静化するためには、まず「刺激しないこと」です。簡単なようで、これは意外に難しいです。

 

 

 

 

これを確実に成功させるには、ひきこもり本人にとってどんなことが刺激になりうるかを正確に知っておく必要があります。

 

 

 

 

暴力を振るわずにはいられないほどの「悲しみ」が、どのように起こってきたのか。本人の劣等感を刺激せず、「恥をかかせない」ためには、何に気をつけるべきか。

 

 

 

 

それを知るためには、ひきこもり事例とも共通する彼らの葛藤のありようを共感的に理解するところからはじめなければなりません。

 

 

 

 

そして、ごく初期の家庭内暴力の事例であれば、このような理解とコミュニケーションが十分になされるだけで、暴力はきれいに解消することもあります。

 

 

 

 

それではさらに重症の、長期にわたって続いている暴力についてはどうでしょうか。こちらはいうまでもなく、対応が格段に難しくなります。

 

 

 

 

慢性化したひきこもろ事例の場合、小手先の対応を変える程度では、びくともしないことが多いからです。

 

 

 

 

いや、それ以前に、対応を変えることすら難しくなっています。親がそれこそ、蛇ににらまれた蛙のようにすくんでしまい、身動きがとれない状況におかれてしまうのです。

 

 

 

 

これほどこじれた事例に対してどのような解決策がありうるでしょうか。比較的穏当な方法として考えられるのは、他人を介在させることです。

 

 

 

 

これはもちろん、誰かに暴力の仲裁役を頼むということではありません。ただ、家庭の中に他人が入ってくるというだけでよいのです。

 

 

 

 

母親へ激しい暴力を振るっていた息子が、妹の婚約者が同居するようになってから、ぴったりと暴力を振るわなくなったというケースを経験したことがあります。GAK88_kosumosutohikari500_TP_V1

 

 

 

 

もちろんひきこもり本人は、他人が入り込むことをひどく嫌うのですが、いったん受け入れてしまうと、それが暴力を鎮めるきっかけになりやすいのです。

 

 

 

 

ここで言う「他人」には、「警察」も含まれます。暴力の程度によっては、もちろん警察への通報も考えるべきです。

 

 

 

 

ただしこれは、「警察がなんとかしてくれる」からではありません。家庭内暴力の事例では、家族が通報して警察官が駆けつけてみると、暴力はすっかりおさまっていることがほとんどです。

 

 

 

 

ご存知の通り警察は、現行犯でもないひきこもり本人に対して、せいぜい説諭するくらいしかできません。しかし、それでいいのです。

 

 

 

 

要は、「家族は場合によっては警察を呼ぶほどの覚悟ができている」ということが理解されればよいのです。

 

 

 

 

同じ意味で、警備会社と契約しておいて、家庭内暴力が起こったら警備員を呼ぶということも有意義かもしれません。

 

 

 

 

家族によっては「そんなことをしたら、後の仕返しがこわい」と考えて踏みとどまることも多いのですが、これは家族の態度いかんです。

 

 

 

 

 

通報すべきときは断固として通報し、それを繰り返しましょう。このような毅然とした態度があれば、「仕返し」のおそれはほとんどないといえます。

 

 

 

 

もう一つ、暴力の拒否のためにわたしたちがしばしば採用しているのは「家族の避難」です。

 

 

 

 

暴力と対決せずに、暴力を拒否するためには、暴力の場面から避難することが重要です。

 

 

 

 

もちろん家族には多大な負担となるでしょうが、適切におこなえば、確実な効果が期待できます。

 

 

 

 

暴力をふるう子どもには、なんらかの理由があります。家族が悪い刺激を与えた、お父さんが幼い頃から叱るだけだった、お母さんは弱々しくて泣くばかりなどが、本人の暴力を誘発することがあります。

 

 

 

 

ひきこもり状態が長引くとごくささいなこと、あるいは何もきっかけがないのに、毎日のように暴力が突発するケースもあります。

 

 

 

 

そうなると、悪い刺激を与えない、という問題ではないこともありますから、適切な対応をする必要がでてきます。

 

 

 

 

第三者が介入したら暴力がやんだ、という場合は軽い症状です。警察に通報する、家族が避難する、ということまでになると、家族にも決断が必要です。

 

 

 

 

世間体が気になるかもしれませんが、乗り越えなくてはいけません。専門家と善後策を話し合いましょう。

 

 

 

 

暴力と自傷行為は、急を要する事態だと考えて、早急に対処しましょう。

 

 

 

 

激しい行動をとるのは、不安やいらだち、焦燥感の表れです。不安や恐怖を感じることがあったり、悩み事や不満をうっせきさせていたりすると、苦しみのアピールとして暴力や自傷行為をしてしまうのです。

 

 

 

 

本人は、自傷行為をすると周囲の人が心配してくれることがわかっています。

 

 

 

 

また、焦燥感をどうしたらいいかわからず、混乱して、自傷をすることもあります。

 

 

 

 

そういうときは、あわてずに身近にいる人たちが、自傷せざるをえない気持ちを、じっくりと時間をかけて聞いてあげましょう。

 

 

 

 

自傷行為や暴力を注意されても、受け入れない子どもがいます。それは、周囲の人の対応が本人を刺激するものだからかもしれません。

 

 

 

 

子どもの気持ちを受け止めることをせず、ただ叱ったり批判したりすると、逆に暴力や自傷行為がはげしくなってしまうのです。

 

 

 

 

一番大事なのは、日頃から日常的な会話を十分にして、気持ちが通じ合えるようにコミュニケーションをとれる状態にしておくことです。

 

 

 

 

とにかく根気強く、「そういうことはやめてほしい」と伝え、子どもの言うことには応じない対応をします。

 

 

 

 

それでもやまない場合は、専門家に相談して対処の方法を相談してみるといいでしょう。

 

 

 

 

○家庭内暴力には苦しい気持ちをわかってほしいという主張がこめられている

 

 

 

 

子どもが暴力や自傷行為などの激しい行動をとるのは、基本的には不満やいらだちの表れですが、それに加えて、苦しみのアピールという側面もあります。

 

 

 

 

つらい気持ちや悩み事を周囲にうまく伝えることができず、鬱屈を爆発させて、ものや人に八つ当たりをするのです。

 

 

 

 

たたいたり暴言を吐いたりしながら、誰かが苦しみに気づいてくれたら、とも思っています。

 

 

 

 

保護者や教師は、暴力を受け入れずに、はっきりと拒否することが大事です。

 

 

 

 

そして、なぜ危ないことをするのか、その根底にあるいらだちや苦しみについて、本人の気持ちを聞くことも、同じように大切なことです。

 

 

 

 

子どもが八つ当たりの対象として家具を選ぶのは、家具が反撃してこない、弱いものだからです。

 

 

 

 

なかでも自分の家具を壊すのは、壊しても自分以外に迷惑がかからず、誰にも怒られないことがわかっているからです。

 

 

 

 

暴力は多くの場合、自分より弱いものに向けられます。最初は家具や道具、次にきょうだいや母親という順です。

 

 

 

 

その間、誰の反発も受けないでいると、さらにエスカレートして、父親や第三者に暴力をふるう場合もあります。

 

 

 

 

いらだちを家具や道具にぶつけはじめたら、反抗期だ、八つ当たりだと考えて放っておかず、暴力はいけないことだと、はっきりと否定しましょう。

 

 

 

 

不満を誰にもわかってもらえない

 

 

 

 

暴力や自傷行為は、なにかを傷つけたくてやっているわけではありません。いらだちや不満、焦燥感をどう処理していいかわからず、混乱して手が出てしまうのです。

 

 

 

 

暴力以外の方法で表現することを教えなければいけません。

 

 

 

 

最大の問題点は、暴力や自傷行為は命にかかわるということです。

 

 

 

 

人に後遺症が残る怪我をさせてしまったりしたら、取り返しがつきません。

 

 

 

 

それを防ぐことを最優先します。

 

 

 

 

暴力行為のはげしさにあわせた対応をしましょう

 

 

 

 

家族と本人との対話で解決していくのが理想ですが、それだけではなかなか改善できません。

 

 

 

 

場合によっては、親戚や教師など第三者をまじえたり、危険を回避するために家をあけたりすることも考慮します。

 

 

 

 

家庭内暴力がはじまったら

 

 

 

 

○話し合う

八つ当たり、大声などで危険性がないときは、話し合いによって改善をはかる。

 

 

 

 

○人を呼ぶ

家族をたたいたり、暴れたりするようであれば、第三者を呼ぶ。第三者を同席させることで、冷静に話せる。

 

 

 

 

○拒否する

自傷行為や暴力は毅然とした態度で拒絶する。我慢していると、エスカレートする。

 

 

 

 

○一時的に避難する

暴力がはげしくなってしまった場合は、自宅からの一時避難や医療機関受診も考える。

 

 

 

 

○専門家を呼ぶ

事件・事故を起こす危険性が疑われるようなら、医師、警察など専門家を呼ぶ。生命維持が最優先です。

 

 

 

 

暴言への対処のしかた

 

 

 

 

子どもの親への暴言は、「子ども返り」に起因するケースがほとんどです。

 

 

 

 

子ども返りは幼児退行とも呼ばれ、そのような行動をとる年齢でもないのに、一緒に寝たいといって親の布団の中に入ってきたり、ひざの上で甘えたりする現象をいいます。

 

 

 

 

なかには一緒に風呂に入りたがったりする子どももいて、それらをすべて受け入れてしまうと、幼児退行がさらに悪化していく結果を招きます。

 

 

 

 

一定の年齢を過ぎた子どもとの身体接触で唯一安全なのは握手です。子どもの要求はなるべく受け入れるようにしたほうがいい場合も多々ありますが、子ども返りをした子どもの要求は、「ゲームソフトを買って来てほしい」という要求とは別のものとしてとらえなくてはなりません。

 

 

 

 

子ども返りの原因は、何でも先回りをし、こまごまと世話を焼き続けた親にあります。

 

 

 

 

身の回りのことを何でもし続けた親自身が、親は自分のいいなりだと子どもに思い込ませてしまったことが問題の原因なのです。

 

 

 

 

こういう子どもが不登校やひきこもりの状態に陥り、同時に子ども返りの症状を起こした場合には、注意を払わなくてはいけません。

 

 

 

 

なぜならある時点で、親が自分の言いなりにならないということがわかると、それが気に入らなくて一気に爆発し、暴言を吐くようになるからです。

 

 

 

 

暴言がエスカレートすると、そのうち暴力さえもふるい始める危険性がありますが、まずは子どもの暴言を抑えることを考えなくてはいけません。

 

 

 

 

実際に、子どもが暴言を吐くようになったら、親はどんなに忙しくても手を止めて、子どもの横に座り、子どもの顔を見ながら話をじっくり聞くようにしてください。

 

 

 

 

そして、悪かったと思うことがあれば、素直に謝るようにすることが重要です。

 

 

 

 

暴言を吐く子どもに真剣に向かい合わず、いい加減な態度で聞き流していると、親に対する暴言はとまらず、2時間、3時間と続くこともあります。

 

 

 

 

それでも怒りが収まらない場合には、夜中に親の寝室までやってきて、朝まで暴言を吐き続けるケースもあります。

 

 

 

 

極端な例をあげれば、連日にわたる子どもの暴言に耐えかねた親が、子どもに土下座をしてしまうことすらあるのです。

 

 

 

 

親は、子どもがいくら間違っていることを言っていても、子どもから逃げずにきちんと向かい合って話を聞いてあげてください。

 

 

 

 

そうすれば暴言はそんなに長くは続きません。およそ30分もあれば必ずとまるはずです。

 

 

 

 

大切なのは、話を聞いてあげるという姿勢を見せることです。そうすれば次の日には、子どもは何もなかったようにケロッとしているということがよくあります。

 

 

 

 

暴言を吐く段階で子どもを抑えることができないと、次は家庭内暴力に発展していきます。

 

 

 

 

ここまできてしまうと、なかなか対処が難しくなってきます。1ついえることは、家庭内暴力を起こしている子どもは学校や近所のひとがいる前では決して暴力的なところは見せず、常におとなしい子どもでいるということです。

 

 

 

 

つまり第三者がいるところでは、けっして暴力行為を行わないのです。ですから、暴力行為をとめるために誰かを下宿させるといった手段をとる事も1つの方法です。

 

 

 

 

それが無理であれば、暴力を振るわれている親(ほとんどが母親)が、他の場所に避難するしかないでしょう。

 

 

 

 

親戚の家やウィークリーマンションを借りるなどの方法が考えられます。そして子どもには、「あなたのことは大切だけど、暴力には耐えられないので家を離れます。お母さんより」といったメッセージを必ず残すようにします。

 

 

 

 

2~3日の時間を置くと、子どもは後悔をし、反省するので、「ごめんなさい」というメッセージなどを母親の携帯メールなどに送るようになります。

 

 

 

 

そしてさらに時間が経つと、今度は「帰って来て」という電話が入ってくるようになる場合がほとんどです。

 

 

 

 

子どもが電話をしてくるようになったら、毎日5分くらいずつ冷静に子どもの話を聞くようにしてください。

 

 

 

 

とにかく、じっくりと子どもの話を聞くことです。暴言・家庭内暴力とエスカレートしてきて、その先にはもう何も残されていないということをよく肝に銘じてください。

 

 

 

 

1ヶ月ほどして、十分話ができたと思えるようになったら、食事を作るために家に帰ってください。

 

 

 

 

ただし、食事をつくったら、また家を離れます。子どもは、母親の作った食事を食べることで、お母さんのありがたみを改めて感じてくれるはずです。

 

 

 

 

また、母親が食事を作るだけで家を再び離れることで、母親が出て行ったということの重大さを子どもに自覚させます。

 

 

 

 

同時に、今度暴力を振るえば母親は二度と戻ってこないと思わせるようにしていくのです。

 

 

 

 

家に食事だけ作りに帰る生活を1ヶ月も続ければ、たいてい十分な効果を得られますが、できればあせらずに2ヶ月ほどの期間を考えたほうがいいでしょう。

 

 

 

 

このように段階的なステップを踏んでいけば、家庭内暴力は収まり、再発することはありません。

 

 

 

 

ただし、子どもが謝ったからといって、段階を踏まずにすぐに家に戻ってしまうと、子どもは「どうせ暴力をはたらいても、すぐに謝ればまた戻ってくるだろう」という考えを持ってしまい、再び暴力を振るうようになります。

 

 

 

 

暴言などと同様、子どもが家庭内暴力を振るうまでに悪化していった原因は家庭にあります。

 

 

 

 

そうなってしまう前に親が変わっていれば、家庭環境も良くなっていたでしょうし、家庭内暴力にまで発展することはなかったはずです。

 

 

 

 

親はそのことをよく考えて、最悪の状況を招く前に、そのつど適切な対応を行うようにすることが大事なのです。

 

 

 

 

親の奴隷化

 

 

 

 

家庭内暴力は、状況から逃げ回っているだけでは、けっして解決しません。状況を放置しつづけ、その時間が長くなればなるほど、子どもの苦しみは深くなり、子どもは耐えられずに壊れていきます。

 

 

 

 

にもかかわらず、なぜこれほどまでに、家庭内暴力が長期化してしまうのでしょうか。

 

 

 

 

それには、「他人に迷惑がかかるから」という懸念や、「自分たちでなんとかしたい」というがんばり、あるいは「家庭内暴力は身内の恥」という思想などがあることを、これまで指摘しました。

 

 

 

 

しかし、一番の根底には「親の奴隷化」があるように思えてなりません。親が奴隷化してしまう、とはどういうことでしょうか。

 

 

 

 

それは、親がなんでもかんでも子どもの言うこと、要求を聞いてしまい、まるで「奴隷」のように子どもに仕えてしまう、ということです。

 

 

 

 

ほぼ例外なく、暴力を受けている親というのは、子どもに怯えています。それに、「なんとか暴力をやめてほしい」と切実に願っています。

 

 

 

 

だから子どもが何かを要求すると、「怒らせて暴力を受けたくない」とおいう怯えと、「それをかなえれば暴力がおさまるのでは」という淡い期待とで、どんな要求にも親は応えようとするのです。

 

 

 

 

「部屋に食事を運べ」といわれればそうするし、「お前の作った食事は食べたくないから、弁当を買って来い」といわれれば、それに従ってしまいます。

 

 

 

 

「楽に死ねる薬を探して来い」と言われ、はるばる九州から東京まで出てきたお母さんだっているくらいです。

 

 

 

 

わが子が言うことなら、どんな要求でもそれに応えようとします。いわば、親が完全に子どもの奴隷になってしまうのです。

 

 

 

 

家庭内暴力を続けるなかで、母親の頭を丸刈りにした雄介さんの場合だってそうです。

 

 

 

 

もうお母さんが、完全に息子の奴隷になってしまっていました。息子の言うことはなんでも聞くし、何をされても文句は言いません。

 

 

 

 

ただ服従するだけです。暴力にも、ただ耐えるばかりです。そうやって暴力をふるう子どもの要求に奴隷のように応えても、問題は何も解決しません。

 

 

 

 

むしろそれは、「子どもの暴君化」を進めてしまい、問題をより深刻化させることになりかねないのです。

 

 

 

 

この親の奴隷化は、家庭内暴力の有無にかかわらず、ニートやひきこもりの子どもを抱える親にも共通する要素です。

 

 

 

 

暴力にまで至らなくても、子どものニート・ひきこもり状態が長引けば、たいていの親は精神的にまいってしまいます。

 

 

 

 

「なんとか立ち直ってほしい」と心から思っているし、これ以上親子関係が悪くならないように、「子どもの機嫌を損ねたくない」という思いもあります。

 

 

 

 

だから子どもが何かを求めれば、奴隷のように応じてしまう親が少なくないのです。

 

 

 

 

最近もこんなことがありました。「娘がもう、2年間も風呂場から出てこないのですが・・・・」

 

 

 

 

20歳過ぎの娘さんのことで、あるお母さんが相談に見えました。潔癖症が昂じて、娘が風呂場の外に出られなくなったというのです。

 

 

 

 

「風呂場?そんな狭くて不衛生なところに2年間もいられるの?」そう思われるかもしれませんが、その家は豪邸でした。

 

 

 

 

当然、風呂場も普通の家よりもかなり広々としています。トイレもついている、快適な空間だったようです。

 

 

 

 

その空間で、娘さんは2年間も暮らしているというのです。その風呂場から、この2年間、一歩も外に出ていません。

 

 

 

 

「食事はどうしているんですか?」わたしが疑問に思って尋ねると、母親が毎日、三度の食事を運んでくるといいます。

 

 

 

 

「娘さんが出てこないのは、お母さんが食事を持っていくからでしょう」わたしはそのことを指摘しました。

 

 

 

 

そうしたら母親は、目を吊り上げて怒鳴るのです。「食事を持っていかなければ、娘は死んでしまうじゃないですか!」もうそれ以上、話は平行線です。

 

 

 

 

「なぜ、2年も出てこないのでしょう?」

 

 

 

 

「それは食事をお母さんが持っていくからです」そんなやりとりの繰り返しです。

 

 

 

 

話がまるで通じないのです。親子関係がずれていくと、こういう関係になりがちになります。

 

 

 

 

この娘さんは親に暴力は振るっていないようですが、娘の言うなりに動く母親は、いわば娘の奴隷状態です。

 

 

 

 

しかし、母と娘の「密室」のなかでは、母親自身そのことに気づくことができません。

 

 

 

 

客観的に考えることができないのです。娘さんを外へ出したければ、風呂場へ食事を運ばなければいいのです。

 

 

 

 

簡単なことです。そうすればお腹がすいて、いつかは外へ出てきます。これがいちばん確かな方法です。

 

 

 

 

わたしたちがひきこもりの若者を外に出すときにも、よく使う方法です。ところが、奴隷になってしまった母親には、そのことが理解できません。

 

 

 

 

だから、ずるずると娘を外に出す時期が延びてしまいます。そこには、解決の糸口など見つかるはずがありません。

 

 

 

 

親が奴隷化するにつれて、子どもはますます暴君化していきます。つまり、親が奴隷のように子どもの要求に応えてしまうと、それに応じて子どもの要求自体もどんどんエスカレートしていってしまうのです。

 

 

 

 

なぜ、子どもの要求がエスカレートするのでしょうか?その仕組みは、「暴力は長期化するほど、悪質化する」というのと同じです。

 

 

 

 

いろんなことを要求しても、それで自分の本当の欲求(自立したい、未来が見たい)が解決しないから苛立ちが募り、その分、要求もエスカレートしていきます。

 

 

 

 

最初は自分でも抵抗のあった要求も、いったんそれがかなってしまうと今度はそれが「基準」になって、次からはそれが普通になってしまいます。

 

 

 

 

また、親を根底から困らせてやろうと、どんどん「困った要求」をするようになります。

 

 

 

 

そもそも、子どもが親にいろいろな要求をしても、それ自体を切実に求めているわけではないのです。

 

 

 

 

何か、親に対して「仕掛けたい」という気持ちがあって、そちらのほうが大事だったりします。

 

 

 

 

たとえば、「自分は家族と一緒に食事をとりたくないから、自分の部屋まで持って来い」というのが、子どもの要求だったとしましょう。

 

 

 

 

それに親が応じて部屋に食事を運ぶと、一応は自分の要求がかなったことにはなります。

 

 

 

 

しかしそれは、本人の本当の要求ではないわけです。本当の要求は「俺の未来を持って来い」「俺の現状をなんとかしてくれ」だけど、それができないのは本人もわかっています。

 

 

 

 

それが言えないから、代わりに「食事を運んでこい」という要求にすり替えているのです。

 

 

 

 

そこには「親を困らせることで、親にこのままではだめだと気づいてほしい」という気持ちがあるからだと思います。

 

 

 

 

だから、なんとなく毎日食事がちゃんと運ばれてくるようになり、その状態が安定してくると、子どもはおもしろくなくなります。

 

 

 

 

親の側が食事を運ぶことにもう慣れて、あまり苦にしていないことがわかってくるからです。

 

 

 

 

そうなると、子どもはまた次の「仕掛け」をしてきます。親を困らせるために、要求をエスカレートさせていくのです。

 

 

 

 

「おかずが気に入らない」

 

 

 

 

「食器が気に入らない」

 

 

 

 

そんな理不尽な要求を、次々にしてきます。そして親は、子どもの要求を言葉通りに受けとめるため、どんなに理不尽な要求でも、忠実に従ってしまうのです。

 

 

 

 

「このことに応えれば、暴力がおさまるかもしれない」

 

 

 

 

「これ以上、息子の機嫌を損ねたくない」

 

 

 

 

そんな期待を抱く気持ちもわかりますが、そうやって親が次々と要求に応えてしまうと、子どもの側もどんどん要求をエスカレートさせざるを得なくなってしまいます。

 

 

 

 

家庭内暴力の構造のなかで、親がいったん子どもの理不尽な要求に応えてしまうと、止まることのない悪循環に入ってしまうのです。

 

 

 

 

ただ、「子どもの暴君化」に関しては、もうひとつ、別の理由があると思っています。

 

 

 

 

たしかにひとつ原因は「親の奴隷化」です。親が「奴隷化」を高くすればするほど、子どもも「暴君度」を高くせざるを得なくなります。

 

 

 

 

ですが、理由はそれだけではない気がしているのです。先日、ひきこもり自立支援センターに来ている、かつて家庭内暴力をふるっていた若者から、家での暴力について話を聞いていたときのことです。

 

 

 

 

「自分はたいしたことはしてないですよ」親に暴力をふるっていることについて、ある若者はそんなふうに言うのです。

 

 

 

 

正直、わたしは心底驚きました。たとえば、その話をしてくれたのは恭平(仮名)さんという27歳の男性です。

 

 

 

 

彼は24歳から家にひきこもるようになり、2年が過ぎたころからは、苛立ちが昂じると父親を殴ったり蹴ったりしていたようです。

 

 

 

 

暴力がだんだんとエスカレートしていくと、父親の腕にタバコの火を押し付けたり、背中に熱湯をかけたりもしていました。

 

 

 

 

そんな彼が、「たいしたことはしていませんよ」と言うのです。彼の暴力のすさまじさは、相談に来たご両親からよく聞いていました。

 

 

 

 

「もうこのままでは、殺されるかもしれない」ほかのご両親と同じで、彼のご両親も、そんな覚悟でひきこもり自立支援センターに相談にいらっしゃったのです。

 

 

 

 

しかし、当の恭平さんはというと、自分の暴力がそんなに激しいものだったとは、ぜんぜん思っていません。

 

 

 

 

「殴るときは、ちゃんと手加減していましたよ」

 

 

 

 

「本気でやったら、死んでしまうじゃないですか」

 

 

 

 

自分がふるう暴力について、平然とそういうのです。

 

 

 

 

「別に殺すわけじゃないですから」

 

 

 

 

「ちょっと脅しているだけだから」

 

 

 

 

恭平さんにしてみれば、そんな気持ちで暴力をエスカレートさせていったのです。

 

 

 

 

まさかと思って、他の家庭内暴力の若者たちにも尋ねてみたのですが、すべての若者から、同じような答えが返ってきました。

 

 

 

 

親のほうは「殺される」と思うほど、恐怖を感じています。にもかかわらず、子どものほうは、「たいしたことはしていない」と思っています。

 

 

 

 

親と子の間で、家庭内暴力に対する認識に、大きな差があることに気がついたのです。

 

 

 

 

それと同時に、このギャップが、子どもが暴君であり続け、親が恐怖のあまり奴隷化していくことを後押ししているのだ、ということにも気がつきました。

 

 

 

 

子どもたちは暴力をふるいながら、「充分、手加減している」と思っています。

 

 

 

 

しかし、家庭という「密室」で奴隷になっている親に、それに気づく術はありません。

 

 

 

 

これまでの話から、家庭内暴力というのは家庭という「密室」の中で起こり、いったん起こってしまうと長期化、悪質化の道をたどりやすい、ということがおわかりいただけたかと思います。

 

 

 

 

暴力がいったん始まると、親と子が「奴隷」と「暴君」の関係に陥ってしまい、際限なくエスカレートしてしまいがちです。

 

 

 

 

ここでわたしたちが考えなければならないのは、そうやって暴力を起こす子どもが皆、外に出ると「普通の子」だということです。

 

 

 

 

もし家庭内暴力を起こしている子がみんな、「そもそも粗雑で乱暴な子」だったり「暴力的な性格を幼少から持つ子」だったなら、ある意味、問題の構造は簡単です。

 

 

 

 

その子の性格が粗雑で暴力的だから家で暴力をふるっている、その子自体に問題がある・・・・・そう考えることだってできるはずです。

 

 

 

 

しかし、家庭内暴力をふるう子の中には、小さいころから切れやすく乱暴者だったなどという子は、ほとんどいません。

 

 

 

 

ひきこもっている間に精神に異常をきたしたように見える子もいますが、それだって、元は「普通の子」です。

 

 

 

 

むしろ、「小さいころは親の自慢だった」という子のほうが多いくらいです。小、中学校の成績はトップクラスで、「いい高校、いい大学」に進学という、「輝かしい経歴」を持つ子はたくさんいます。

 

 

 

 

彼らは家から一歩外に出ると、自然とおとなしくなります。自己主張もあまりしません。

 

 

 

 

親御さんから散々、激しい暴力の中身を聞かされてきたわたしたちとしては、「えっこんなにおとなしい子が?」と思うことが、しょっちゅうあります。

 

 

 

 

暴力を受けているご両親の側も同じです。「普」の親、いや「普通」以上の親御さんがほとんどです。

 

 

 

 

世間一般からみれば、いい仕事についていて、経済的にも恵まれています。子どもの教育にも熱心で、惜しみなくお金を注ぎ込む・・・・そんなタイプの親御さんが多いです。

 

 

 

 

ご両親とも大学を卒業している、高学歴の親御さんも少なくありません。「父親がアル中で、家庭が破綻している」

 

 

 

 

「両親が子どもの教育に関心を持たず、子どもが好き放題の生活をしている」

 

 

 

 

そういった、あきらかに問題のある家庭など、ほとんどありません。「あそこの子育ては特に問題ないでしょう。親はしっかりしているし・・・・」

 

 

 

 

そう思われるような家庭で、いま家庭内暴力が噴出しているのです。では、そんな「普通の子」がなぜ、暴力をふるうようになってしまうのでしょうか。

 

 

 

 

原因はいろいろあると思います。ひきこもっている自分自身へのいら立ちや、親への不満や恨み、あるいは、申し訳なさもあるでしょう。

 

 

 

 

「なんとかしなければ」という焦りも当然あると思います。だけど、「なんともできない」というもどかしさ・・・・・。

 

 

 

 

それらが密室化した家庭のなかで煮詰まってきて、ある日突然爆発する、というのが本当のところだと思います。

 

 

 

 

いろいろな要素が複合的に重なり合って、子どもたちを暴力に駆り立てています。

 

 

 

 

結果として、「親への恨み」が強くて暴力をふるう子もいれば、「自分の現状へのいら立ち」が強くて暴力をふるう子もいる、というだけです。

 

 

 

 

ただ、多くの若者に話を聞いていて、そして「若者たちが本来、何を求めているのか」ということを考え合わせると、最大かつ根本的な原因は、「自分の未来が見えないことへの不安」ではないかと思います。

 

 

 

 

日本社会はいま、一流企業で普通に働いている若者でさえ、「明日はどうなるかわからない」という不安定な雇用情勢を抱えています。

 

 

 

 

ましてや仕事をしていない、あるいはしたことのない長いひきこもりの子には、普通の就職はおろか、バイトを見つけることさえ難しいという現状がたしかにあります。

 

 

 

 

家庭内暴力の子はたいてい何年も家のなかにひきこもっていますから、彼らにとって外に出て働くというのは、ひきこもった経験を持たない若者に比べて、精神的にも条件的にもハードルがかなり高くなります。

 

 

 

 

しかしひきこもっている若者も、ほかの若者同様、未来に対する希望を持っていますし、いまの現状をなんとか打開したいとも思っています。

 

 

 

 

「もう何もしたくない」

 

 

 

 

「部屋にこもっているのが一番いい。気楽でいい」口ではそういいつつも、心の底からそう思っている若者なんていません。

 

 

 

 

「なんとかしたい」という希望、「自分なら何かできる」というプライドを強く持っています。

 

 

 

 

その希望やプライドが壊されるのが怖くて、なかなか実行に移すことができないだけなのです。

 

 

 

 

ですから、「何もせずに家にいる」という状態は、本人にとって非常に不本意なことなのです。

 

 

 

 

20代も半ばになれば、中学や高校の同級生たちのほとんどが、一人前に働き、なかには結婚して家庭を持っている人もいます。

 

 

 

 

それに比べて、自分はこの先どうなるのだろう、と不安になるのです。就職したり、結婚したり、自分はできるのだろうか。

 

 

 

 

親が死んだらどうすればいいのだろうか・・・・。彼らは、普通に働いている若者以上に、未来に対して大きな不安を持っています。

 

 

 

 

先の見通しが立たず、将来がまったく見えないのです。ただただ、漠然とした不安に終始押さえつけられながら、部屋の中でじっとしているしかありません。

 

 

 

 

いわば、暗闇の中でにひとりぽつんと取り残されたような感じなのです。これは、これから後、何十年も生きていく若者にとっては、本当に辛いことだと思います。

 

 

 

 

まわりが真っ暗で、どこへ向かって足を踏み出せばいいのかもわからない・・・・・そんな状態で、彼らはひとり、部屋にひきこもっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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