ひきこもりの原因と結果
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ひきこもりの原因と結果

関東自立就労支援センターには、毎日、全国からさまざまな相談が寄せられます。その相談の中でもなぜ、子どもがひきこもりになったのか理由がわからないという声が圧倒的に多いです。

 

 

 

 

ひきこもりには理由があります。その理由はさまざまであり、一人ひとり違っています。ここではそれらを原因と結果という面から典型化して3つに分けてみました。

 

 

 

 

もちろんこれ以外の分け方がないというわけではありません。ひきこもり・不登校・ニートの社会復帰の支援機関としてのひとつのものの見方という程度のものです。

 

 

 

 

なお、発達障害等の精神病によるひきこもりは省いています。

 

 

 

 

1、否定され責められ続けた

 

 

 

 

自己否定感が強く植え付けられ、それに苦しみ、無意識のうちに自分を取り戻そうとしてひきこもった人たちです。

 

 

 

 

2、過剰ともいえる保護のもとに置かれた

 

 

 

 

 

周囲がさまざまなことをセットする環境になっていて、受身がしみつき、自己表現の方法が身につかず、無意識のうちに周囲から独立したところで自分のペースをつかむためにひきこもった人たちです。

 

 

 

 

3、幼児期から少年期にかけて虐待や強烈ないじめを受けた

 

 

 

 

精神的に不安定な状態になったり、対人恐怖などからひきこもった人たちです。

 

 

 

 

1と2のタイプの人は、そのエネルギー源が未成熟、不完全になっています。3のタイプは思春期以降にその時代を生き抜くエネルギー源が故障しているのが中心的な特徴になっているように思います。

 

 

 

 

もちろん個人差はありますので、ひとつの群として考えたときの目立つ点というほどの意味においてです。

 

 

 

 

タイプ1  自己否定感を植えつけられ、それが定着している人

 

 

 

 

叱咤激励型のマインドコントロール志向による、子どもの自然な成長の妨害とも思える子育てによるものです。親はそれを熱心さと責任感を持って善意でやっているだけに、子どもの力でその流れを止めるのは容易ではありません。

 

 

 

 

このような子育て環境のなかで成長してきた子どもの特徴は、自己否定感がきわめて深くなっていることです。子どもの側からみると、自分が認められていない、受け入れられていない、いつも何かが不足していると指摘され続けてきた、自分の言葉や行動が温かく見守られてきた記憶がない、何をしても何を言っても笑顔で迎えられたりほめられたりしたことがない、自分の役割を評価されたり感謝されたりしたことがない、などということになります。

 

 

 

 

一人ひとり現れ方は違いますが、いずれにしても、肯定的に受け止められていない、否定され続けてきた感覚が深く刻み込まれているのです。

 

 

 

 

わたしは、この事態を「自分の内側から出た興味、意欲の芽を摘み取られた」と考えます。端的に言えば、子どもの伸びる芽を育てることとは、子どもが内側から出てきた芽を認め、ほめることです。

 

 

 

 

それとは逆のことが、長期にわたって子どもに向かってふりそそがれていた・・・・それが子どもの伸びる芽を摘んでしまったのです。

 

 

 

 

その結果、自分の存在価値がわからない、自分を受け入れられない、生まれてこなければよかった、何をやっても駄目だ、自分を信じられない、自信がない・・・・。

 

 

 

 

さまざまな言葉で自分を否定するようになっていくのです。これは学校での成績とはあまり関係がありません。

 

 

 

 

成績がトップクラスであっても否定語に囲まれていれば自己否定感が身にしみついていきます。逆に成績が悪くても、ほめられ続ければ自己肯定感がしっかり育ち、自分の力で進んでいけます。

 

 

 

 

もっとも、成績が悪いほど、その点でのほめことばに出会う機会が少なくなる面はあります。その意味で、親や教師などの大人の役割は大きいと言えます。

 

 

 

 

周囲の人から否定的に見られ続けていると、子どもから大人に向かう思春期において、成長のエネルギーがわいてきません。

 

 

 

 

その中心になっているのが対人関係ですが、それがうまくとれなくなるのです。

 

 

 

 

友達関係(対人関係のなかでもとくに大事)とは、子どもにとってエネルギーを使い(消費する)、また同時にそれ以上にエネルギーをもらう(供給する)場です。

 

 

 

 

最初の消費する部分でのエネルギーがないために、供給されるエネルギーにも恵まれないのです。まず、友達関係が動揺的になり、やがてそれが停滞、中断、切断された状態に向かいます。

 

 

 

 

友達や他人と違う点があること、それが自分でとても気になって、友達のちょっとしたつぶやきやなんでもない態度をいじめと受け取ってしまう感覚になり、友達関係がむしろ自分のやる気を奪う要因になっていきます。

 

 

 

 

この状態の進行を、親子の関係で、親の側からみるとこうなります。子どもが内にこもって親の言うことに耳を貸さない、親がよかれと思って勧めているのに、子どもはそれまでと違って親を否定し、親との間に距離を置こうとする・・・・ようにみえるのです。

 

 

 

 

もちろんこれも個人差がありますから、さまざまな程度があります。子どもの内側から伸びようとする芽を認めない中では、親や教師が外側からよかれと思って育てようとしても、種はうまく育つことができない、とたとえることができるでしょう。

 

 

 

 

このような継続的な叱咤激励型の励まし方や圧力(ストレス)を受けた人のなかには、医師から統合失調症、パーソナリティ障害と診断される状態に達する人もいます。

 

 

 

 

タイプ2  愛の過剰や干渉が強い環境のもとで受身になっている人

 

 

 

 

過剰な愛情や過干渉による子育てによるものです。これまた親の善意あふれるものであり、子どもの力でその流れを変えることはとてもできそうにありません。

 

 

 

 

子どもは失敗させてもらえず、危険にふれることのない、いわば枠組みが決められたなかで成長することになります。

 

 

 

 

この過程で成長した子どもは受身人間になりやすいと思います。失敗しないための最良の道は、無行動、つまり行動しないことだからです。

 

 

 

 

そして、失敗する機会がないため、失敗に弱く、失敗したときに対応できない人になりがちです。

 

 

 

 

危険に近づくことを妨げられるので、実際に危険が迫ったときにうまく避けられなくもなります。このことが、行動するのを困難にしている面があります。

 

 

 

 

言葉を言い換えれば、このような人は人間として育つ環境のもとで成長させてもらっていないわけです。過剰な愛情や過干渉は、結局のところ、愛情不足の環境と同じことになります。

 

 

 

 

わたしが聞いたはなしですが、もう30代になっているのに、食事のときに魚を母親が取って食べさせているという人がいました。

 

 

 

 

子どもにとってもそれはとても嫌なことなのですが、母親はそれが愛情であると、ほとんど無意識のうちにやっています。

 

 

 

 

このような環境の下では、子どもは10代の成長過程においても、20歳を超えても、生活上はなんの困難もなく、心配も苦労もなく生きることになります。

 

 

 

 

生活を通して社会とつながる機会がなく(奪われている)、しかも自分で社会的にかかわることもなく(その力を備え、伸ばしていく機会を奪われている)、ある人は家族のなかの客人のように、ある人は特殊なペットのように扱われて、育てられてきています。

 

 

 

 

この状態を親からの干渉と感じて、さまざまな抵抗と努力をつづけてきた人もいます。あるときは暴力的方法でこのマインドコントロールに置かれることと闘い、あるときは自室にたてこもり、親子の関係を切断する方法で抵抗を試みた人もいます。

 

 

 

 

こういう場合、ひきこって親とのコミュニケーションを絶つのはそのひとつの方法であり、その意味でわたしはこれを支持します。

 

 

 

 

しかし、同じ一つ屋根の下に暮らす親からの、善意にあふれた執拗な愛の嵐のなかで、抵抗しながら自立に向かう自分を維持できないこともあります。

 

 

 

 

ふさわしい自分の表現方法がわからず、無力感を覚え、自分のだらしなさ(自己否定感)を感じ、抵抗を挫折させられるのです。

 

 

 

 

親は、おそらくそれをいいことだと思っているのでしょう。しかし、それは親が自分の思い通りの道を進ませようとする下地づくりをしているだけです。

 

 

 

 

そして、子どもが自立に向かう下地を根こそぎ奪っているのです。

 

 

 

 

子どもは子どもの道を進むしかないのです。その道を閉ざしたからといって、親の望む道には進めません。子どもが自分の道を見つけ、動き出したとき、じつは親の願いをそこに少し着色できるだけです。

 

 

 

 

それ以上のことはできませんし、望むのは不当です。親に望みや願いがあるとしても、それは親のテーマであって、子どものテーマではありません。

 

 

 

 

親のテーマには、親が自分で取り組んでいくしかありません。その努力を放棄して、それを子どもに託すのは、じつは押し付けであり、子どもの人生の妨害であり、破壊です。

 

 

 

 

それは子どもの心を破壊させてしまいます。ひきこもるという行為は、この環境のなかで自分を維持しようとする、子どもにとての残された重要な方法になっているように思います。

 

 

 

 

この1と2の子育ての結果は往々にして重なり、自己否定感が強く、しかも受身だというのが、ひきこもりの人のなかにかなり多くみられます。

 

 

 

 

この2つのタイプに共通する人たちを、もう一度違った面から見ていくことにします。子どもは思春期に心身ともに成長します。

 

 

 

 

思春期は第二次成長期とも「第二の誕生」ともいわれるほどの大きな変化のときです。体の成長は目にみえます。それには食事、運動、睡眠などが大きく作用します。

 

 

 

 

では、こころの成長・発達とは何でしょうか。それは何によってもたらされるのでしょうか。かつては多くの人が無意識に無自覚に身につけてきたのは何かを考えないわけにはいきません。

 

 

 

 

こころの成長・発達とは、ヒトの生物学的な面で見れば、脳と神経系の成長・発達です。この脳と神経系の成長・発達のためには、身体的な発達とともに友達(人間関係)の作用が欠かせません。

 

 

 

 

家族とともに友人がいる、その関係性のなかで「社会性」の神経系ともいうべき部分を発達させていきます。大まかに言えば、それが心の発達の環境条件です。

 

 

 

 

自己否定感や受身が強くなると、友人関係が不安定で動揺的になります。それが心の成長を停滞させていくのです。

 

 

 

 

なかには、心ばかりでなく体の成長も停滞させているのではないかとおもえる人もいます。

 

 

 

 

子ども時代に父母の不和、離婚、家庭崩壊を経験した人のなかには、それが強いこだわり、心の負担・ストレスになっていて、自己否定感の強い人、「否定され続けた人」と似た状況の人もいるように思います。

 

 

 

 

彼(彼女)らのなかには、いわゆるAC(アダルトチルドレン)として自分の経験を自覚している人もいます。アダルトチルドレンとは、「成長・発達になんらかの悪影響を与える親のもとで育ち、成人後もその精神的ストレスのもとにある人々」のことです。

 

 

 

 

もしACの視点でみるならば、前記の自己否定感の強い人は、ACかそれに近い、ACの一つの形になるのかもしれません。

 

 

 

 

受身の強い人などもACと位置づけられる関係にあるのでしょう。また、コミュニケーションの面からみて、コミュニケーション不全の諸状態としてとらえることができるのかもしれません。

 

 

 

 

タイプ3  虐待と継続的ないじめを体験し、不安定な精神状態にいる人

 

 

 

 

第三のタイプはやや特殊です。幼児期から子ども時代にかけて虐待をうけていた人、学校時代にある程度の期間、継続していじめを受けていた人にみられます。

 

 

 

 

 

この履歴のある人は、ある割合で病的な症状を示します。たぶん子どもは、虐待、いじめ、体罰などを受けたとき、精神的不安状態を解消しようと努めるのでしょう。

 

 

 

 

それは、外側からは心が沈んでいたり心の揺れが大きくなっているようにみえます。しかし、精神障害や精神的不安とは、心の不安定状態そのものよりも、その不安定さを安定させようとして心を激しく動かした結果として生じる事態ではないかと思います。

 

 

 

 

人間は、八方ふさがりの状態になった場合、精神障害の世界に入っていくことで平穏を得ようとすることがあります。

 

 

 

 

それは、人間の本能的な生命維持能力でもあります。当人のさまざまな努力、意図が押しつぶされ、そこ以外に道がみえなかった状態であったといえるでしょう。

 

 

 

 

これにあたる人たちのなかには、精神的発達が停滞させられている以上に故障しやすい、故障していると思える人もいます。

 

 

 

 

医療機関(医師)から統合失調症、パーソナリティ障害(解離性・境界性)などの診断を受けている人もいます。

 

 

 

 

このタイプは、医療機関ではないわたしたちのひきこもり自立支援センターにかかわっている人たちのなかでは、比較的少数です。

 

 

 

 

しかし、わたしはむしろ医療機関の範囲、医療行為の力だけで治癒、あるいは軽快に向かうには困難があると考えています。

 

 

 

 

人とのコミュニケーション、あるいは人間への安心感や信頼感を体得できる経験が、その状態(症状)を改善し、解決に向かわせる大きな力になると感じています。

 

 

 

 

ですから医療機関へ通院する人であっても、当支援センターでは基本的には受け入れています。

 

 

 

 

入院している人でも、外出の機会があれば、その程度によっては来所してもいいのではないかと考えています。

 

 

 

 

医療機関がその状態の治療、故障の修理の場面を担当するとすれば、ひきこもり自立支援センターのような居場所づくりをするフリースペースやボランテイア組織は、人との関係を作ることを担当します。

 

 

 

 

それは心を育て、社会性を育てることであり、未熟や未達成から先に進む場面を担当することになるでしょう。

 

 

 

 

このように、人がひきこもりのような状態になるにはそれだけの理由、背景があります。タイプ3のような子どものころの虐待やひどいいじめは、成長したその人を見ただけですぐにそれとわかるほどです。

 

 

 

 

しかし、多くの場合は、1と2のような、親からの善意にあふれた子育て体験があるようです。わたしはそれを「躾」の延長にあるものと考えるようになりました。

 

 

 

 

子どもが潜在的にもちあわせているものを引き出そうとする子育てではなくて、親が信ずることを、「余すところなく、不足なく」子どものなかに移植するような躾です。

 

 

 

 

躾が丁寧になりすぎて、おしつけになっています。そのなかで、こどもは生きた動物、生命体ではなく、機械のような対象とされ、その結果、生命感を失い、子どもは「自分が自分でない」と感じるのです。

 

 

 

 

「言おうとしてもうまく言葉がでないうちに、親や周囲の大人から先回りされて、自分の感覚とは微妙に違う指示によって動かされる」、それが続くと、「自分を認められたことがない」という成長過程の体験になり、自分の存在を受け入れられない、生きている意味がないという感情、さらには強い自己否定感を抱え込んでいきます。

 

 

 

 

繰り返しますが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」のことわざどおり、愛情過多は愛情不足と似た結果をもたらします。

 

 

 

 

愛情不足の場合は、無視、放置、虐待が極端な例です。そこまではいたらなくても、子どもが真実に親を必要としているときの親の不在、家庭崩壊になっている場合もそこに通じます。

 

 

 

 

親の行いを通して子どもは親への不安感、強いては人間一般への不安感を蓄積することになるのです。

 

 

 

 

愛情の過多も、やや異なる経路を通して、人間への不安感を蓄積していきます。ただし、ひきこもりになる背景には、親子関係だけではなく、親子関係を超えた人と人との関係がさまざまなレベルで関係しています。

 

 

 

 

親子(特に母子)関係に限定して、ひきこもりの原因を追及するだけでは偏った見方になるでしょう。

 

 

 

 

反省・感謝する心を持つ

 

 

 

 

ひきこもりやニート・不登校のことを考えたときに、親に原因があるのか、子どもに原因があるのかという問題がありますが、わたしは両方だと答えます。

 

 

 

 

親の教育が間違っていたからひきこもりやニート・不登校になった、かといってそうなっていない子どものほうが多いのだからやはり原因は子どもにある、とこの話をしていくと水掛け論になってしまいます。

 

 

 

 

ただ、今までたくさんの相談にのってきた経験から、こういうことも言えます。

 

 

 

 

「親が自分が悪かったと反省して当支援センターに頼んでくる家庭の子どもは良くなっている」ということです。

 

 

 

 

反省している親からは、子どもの悪口があまり出てきません。むしろ、自分がこういう教育をしたからいけなかったんですという反省の弁が多く口をついて出てくるものです。

 

 

 

 

自分が悪かったと素直に認めているので、自分を変えよう、変えなければいけないという気持ちを持っています。

 

 

 

 

こういった気持ちは子どもにも伝わるので、その気持ちを持っているだけでも子どもは変化していきます。

 

 

 

 

逆に、自分はこういう教育をしてきたんです、それなのに子どもがひきこもりになってしまっているのですと訴えてくる親もいます。

 

 

 

 

話を聞いていると、何一つ間違っているようには感じられないほどすばらしい教育をしてきているのですが、現実には子どもはひきこもっています。

 

 

 

 

後で子どもに話を聞いてみると、こういうことをされた、こういうこともされたと親を憎んでいるような場合もあります。

 

 

 

 

親としては子どものためを思ってしたことなのだろうなと思うことはたくさんあります。

 

 

 

 

しかし、子どもはそうは理解していないのです。この理解していないというところに問題があります。

 

 

 

 

親がそれに気づいて反省しない限り、この悪化した親子関係は永遠に続くでしょう。

 

 

 

 

すなわち、ひきこもりは改善されないということです。このようなことが起こるのは、教育が間違っていたというよりも、その子に合っていなかったということです。

 

 

 

 

子どもの能力や性格を見極めないで、親の価値観を押し付けてきたということもできます。

 

 

 

 

言い換えれば、子どもの立場にたって考えることができなかったということです。

 

 

 

 

今からでもそのことに気づいて反省する気持ちを持ってもらえばと思います。わたしは当支援センターで、子どもたちを支援する際に、「心」というものをいちばん大切にしています。

 

 

 

 

そのなかでも「感謝と反省」する心を持てるように教育しています。素直に「ありがとう、ごめんなさい」と言える子どもを育てることを重視しています。

 

 

 

 

悪いことをしたら「ごめんなさい」、何かしてもらったら「ありがとう」。当たり前のことですが、これができていない子どもが本当に多いことは残念です。

 

 

 

 

わたしは子どもからたくさんのことを学ばせてもらっています。子どもに教えてもらったら素直に「ありがとう」と言います。

 

 

 

 

自分が間違っていたなと思えば、「ごめんね」と謝ります。子どもから教えてもらったり、子どもに謝ったりすることに何の抵抗もありません。

 

 

 

 

これができない人は、謝ったら負けだとでも思っているのでしょうか。子どもたちには「謝ったら負けなんてことはないんだよ。えらい人ほど頭を下げられるんだよ」と教えています。

 

 

 

 

わたしは子どもたちを教育する機会というのは仕事上たくさんあります。ただ、親を教育する機会というのはなかなか作れないのが現実です。

 

 

 

 

確かに子どもを教育してあげれば、どんどんよくなっていきます。しかし、最終的に家庭に帰ったときに親の対応が変わらなければ、うまくいかないのです。

 

 

 

 

ですからわたしはここではせめて親にかわってほしいという気持ちで書いています。

 

 

 

 

親がわたしの考え方や心が理解できれば、接する子どもが変わっていくはずです。話を戻しますが、特に注意しなければいけないのは親の職業です。

 

 

 

 

そのなかでも先生といわれる職業に就いている人です。先生といわれる職業には、もちろん学校の先生、医者、弁護士などさまざまあります。

 

 

 

 

当支援センターに来る子どもたちのなかでも特に難しいのは、親がこの先生と呼ばれる職業に就いている子どもたちです。

 

 

 

 

それは職業柄、どちらかというと、「感謝される側」の人間です。そういう職業の親を持つ子どもは、「感謝されたい、反省したくない」というパーソナリティを持っていることがよく見られるのです。

 

 

 

 

親がみんなそういう人かというとそんなことはないのですが、得てしてこういうケースがよく見られます。

 

 

 

 

それは家庭のなかでどちらかというと、感謝することを教えることが足りないのではないか、人に頭を下げることを教えることが少ないのではないかと感じます。

 

 

 

 

こうなると、子どもは先生でもないのに、妙なプライドを持ってしまい、周りからなんか生意気なやつだなと誤解を生むことにもつながっているのです。

 

 

 

 

わたしは親が今までしてきた教育を否定しているわけではありません。そのとき一番いいと思ってしたことですから、後悔することは意味がありませんし、またする必要もありません。

 

 

 

 

ただ子どもに問題があるということの裏には親に問題がある、という考えがあります。

 

 

 

 

もし自分の考えが子どもにばかり向いていると思うところがあったら、いったん自分を見つめてみることも必要です。

 

 

 

 

そこでもし「これが足りなかったな」と反省することがあれば、思い切って変えてみてください。

 

 

 

 

それも前に書いた環境を変えることです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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