ひきこもりの動き出しの時期について
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ひきこもりの動き出しの時期について

ひきこもりの人が学校や職場に復帰する時期については大きな個人差があり、一概には言えません。

 

 

 

 

動き出しの時期に至っていたとしても、それが実は一過性の平穏だったり、やっと少し動き出せたと思ったら再びひきこもるようになることはしばしば見られます。

 

 

 

 

では、この危機察知はどのようにすればいいのでしょうか。ここで具体的なケースを呈示して説明したいと思います。

 

 

 

 

Aさんは、現在30歳の女性です。ひきこもり始めたのは27歳のときです。

 

 

 

 

2人姉妹の長女で、幼少期はしっかりした性格で地元の進学校を卒業後に東京にある大学を卒業しました。

 

 

 

 

父親は自動車メーカーのエリートサラリーマンで仕事人間です。母親は専業主婦で教育熱心、妹はAさんに比べると自由奔放な性格です。

 

 

 

 

Aさんは大学卒業後、東京に残ってホテルのインテリアデザイナーとして就職しました。

 

 

 

 

職場はAさん自身が望んだもので、仕事は楽しく私生活も充実した日々を送っていました。

 

 

 

 

しかし、26歳のときに付き合っていた男性との結婚が破談となり、また、職場の上司とのトラブルがあって職場にいづらくなったため、退職を余儀なくされました。

 

 

 

 

その後、東京で一人暮らしをしていたアパートにひきこもるようになりました。

 

 

 

 

外出をまったくしなくなり、食事もほとんどとらないような生活が3ヶ月ほど続きました。

 

 

 

 

そして、電話にも出なくなったため、両親が心配して見に行ったところ、Aさんは部屋全体を暗くしてボーッとしていました。

 

 

 

 

両親が話しかけても返事もせず、やつれた様子であったため、両親はAさんを実家につれて帰りました。

 

 

 

 

実家でも当初半年ほどは家族とまったく口をきかず、部屋に閉じこもり続け、食事も自室で食べていました。

 

 

 

 

そのような状態が続いたため、両親が心配して、まず両親だけが関東自立就労支援センターの相談室を訪れました。

 

 

 

 

両親が面接を継続し、それまで過度に干渉的であった両親が少しずつ変化するにつれて、Aさんも部屋から出ることが多くなり、食事も居間ですることができるようになりました。

 

 

 

 

ここで、父親がAさんに一つの提案をしました。「もうずいぶん長く休んでいるけど、もう充分休んだんじゃないか、そろそろ何か始めたらどうか」という提案でした。

 

 

 

 

この提案の翌日からAさんは再び部屋に閉じこもり、食事も自室でするようになりました。

 

 

 

 

これはどういうことでしょうか。これは、Aさんが自分でもどうしていいかわからなくてひきこもっていた状態がようやく少し安心して家の中でくつろげるようになったばかりで、そのあとの自分の身の振り方まではとても考えられなかったのです。

 

 

 

 

そこへ、父親による提案によって、いやおうなく現実をつきつけられて、再び困惑するようになってしまったのです。

 

 

 

 

父親の提案が、間違いというわけではありません。ただ、この時期のAさんにはこの提案を受け入れるだけの心の準備が整っていなかったのです。

 

 

 

 

この後、両親は関東自立就労支援センターでの面接を続け、再びAさんは自室から出ることが多くなりました。

 

 

 

 

そして、ようやく両親だけの最初の面接から2年後、Aさん自身が相談室にやって来ました。

 

 

 

 

Aさんは毎週カウンセリングに来て、しだいに外出できるようになり、買い物に出かけることもできるようになりました。

 

 

 

 

カウンセリング開始から半年後、Aさんから提案がありました。

 

 

 

 

「ずいぶん気持ちも楽になってきました。人ごみに出るとまだ緊張するけど、それを克服するためにもコンビ二でアルバイトをしたいんですが、どうでしょうか」というものでした。

 

 

 

 

わたしと両親との合議のうえで、短時間ならばせっかく本人もその気になっているから、無理しない程度でさせてあげたいということになりました。

 

 

 

 

しかし、その結果、Aさんはアルバイトの面接に申し込みはしたものの、実際には面接には行かず再び自宅から出なくなってしまいました。

 

 

 

 

カウンセリングにも来なくなり、現在、両親だけが来所されています。このときも、Aさんとしてはアルバイトをする気にまでなった自分を見て欲しいというものであって、現実にアルバイトができるまでの精神的余裕はなかったのです。

 

 

 

 

誰もそのことに気づかずに勧めた結果、Aさんは後に引けず結局は再びひきこもるようになってしまいました。

 

 

 

 

わたしたちがAさんの提案を承諾したのは、そのときのわたしたちのAさんがここまでよくなったのかという嬉しさに後押しされたもので、けっしてこれも間違いではなかったと思っています。

 

 

 

 

ただ、ひきこもりの人がひきこもりからの脱出を図ったり、試みているときにはわたしたちは慎重すぎるぐらいでちょうどいいということを痛感しました。

 

 

 

 

ひきこもりからの脱出には、「タイミング」が重要であるとひきこもりの人の多くが語っていますが、このタイミングが実に難しいのです。

 

 

 

 

一つ言えることはタイミングをとらえるのは慎重にしすぎてしすぎることはないということなのです。

 

 

 

 

ひきこもりの人がひきこもりから脱出するとき、必ず対人交流が復活します。

 

 

 

 

対人交流は、ひきこもりの人が以前ならば普通にできていたことなので、新しく習得することではありません。

 

 

 

 

しかし、ひきこもりの人にとって通常初めて覚えることと同等の、あるいはそれ以上の困難を伴います。

 

 

 

 

これがひきこもりの重篤さであり、難しさなのだとわたしは思っています。それでは、どのように対人交流が復活していくのでしょうか。

 

 

 

 

ひきこもりの人がひきこもりからの脱出途上で持つことが可能な対人交流の相手としては、まず家族があげられます。

 

 

 

 

まったく誰からもひきこもって自分の殻に入り込んでいるひきこもりの人の交流の始まりは、必ず家族になります。

 

 

 

 

どんな接触でもいいから試みることが、ひきこもりからの脱出の重要なポイントになります。

 

 

 

 

具体的には、あいさつなどの簡単な会話、手紙、メールなどがあります。またひきこもってはいても、家族、特に母親との接触は保っているひきこもりの人もいます。

 

 

 

 

しかし、その接触は依存的になって非常に甘えたり、逆に攻撃的になって暴力を振るったり、それが交互に出現したりとかなり不安定なものです。

 

 

 

 

この場合は、母親と対等な立場で交流できるように努力すべきだと思います。この関係から外部の世界へと対人交流が広がっていきます。

 

 

 

 

対人交流の相手として、最初は必ず家族ですが、その後は必ずしも特定のパターンはないようです。

 

 

 

 

しかし、いきなりまったくの第三者というのはあまりなく、ひきこもりをある程度は理解している人たちということになります。

 

 

 

 

それはメール通信の相手であったり、ひきこもりの自助グループの仲間であったり、精神保健福祉センターの職員であったり、保健所の相談員であったり、カウンセラーであったりするわけです。

 

 

 

 

いずれにしても、ひきこもりの人がそこからの脱出の第二段階といえると思います。

 

 

 

 

そして、最終的に第三者との交流を始めるのです。アルバイトを始めたり、専門学校へ通うようになったり、就職したりするのです。

 

 

 

 

ここまでくれば、もうひきこもりからの脱出は成功したのも同然です。あとは、どうやって再びひきこもりにならないように気をつけるかですが、あまりこれに気を配る必要はないようです。

 

 

 

 

というのも、ひきこもりからほぼ完全に脱出した人が再び同じ状態に戻ることはあまりないからです。

 

 

 

 

ひきこもりという貴重な、そして苦しい経験を活かしながら、前向きに人生を歩いていきます。

 

 

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