ひきこもりと自立
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ひきこもりと自立

ひきこもりの子どもを抱える母親が、子どもがひきこもりになった原因からなかなか逃れられないのに対して、父親には「自立」という理念が常に宿っているように感じられます。

 

 

 

 

現実には母親にも「自立」は宿っているのですが、内面に宿るそれとの付き合い方が、母親よりも父親のほうがおしなべて下手なように見えます。

 

 

 

 

ただ「自立」について考え出すときりがないので、ひきこもりの支援においては、自立を大きく2つに分けています。

 

 

 

 

これは何もわたしたちが強引に線引きしたのではなくて、親からあふれ出てくる自立に関する言葉を整理したらこうなったというものです。

 

 

 

 

それは、「経済的自立」と「親からの独立という自立」の2点です。2つめの親からの独立は、一次的には親との別居を指しますが、同居していても一定の金銭を家に入れ衣食を自分でまかなうというのも、ここに入れてもいいと思います(ということはこれは経済的自立でもあります)。

 

 

 

 

親たちはいろいろな表現で自立を語ります。たとえば、「いつになったら仕事をするのか」「何か資格でも取ったらどうか」「いつまでも小遣いをやるわけにはいかない」等があります。ELL88_pinkkosumosu20140915082413500_TP_V1

 

 

 

 

これらを一言でまとめると、経済的自立となります。また、こういう表現もあります。それは、「父親が定年になったら我が家は経済的に困窮する」「親が病気にでもなったらどうするのか」「親が死んだらどうするのか」等です。

 

 

 

 

このように現実的に「死」という表現は普通に使われています。後者をまとめますと、親に頼れなくなったあとの独立という自立、になります。

 

 

 

 

この2つを親たちは渾然一体と抱え、それに常に悩まされ、それを子どもにぶつけてしまいます。

 

 

 

 

母親は、自立に関係する言葉を子どもにぶつけることで日々の関係がぎくしゃくすることを肌で知っているので、言いたくても封印します。

 

 

 

 

関係が悪くなってしんどくなるのは、まず自分だからです。これに対して父親は、なかなか封印できません。

 

 

 

 

自立に関する言葉たちは、まるでマグマのごとく内側からわき出ているように見受けられます。

 

 

 

 

たとえば以前、ある父親が、親対象のセミナーで言ったことを忘れられません。

 

 

 

 

「そんな言葉を言ってはいけないとわかってはいます。けれども、どうしても内側からわき上がってきてしまう。自分では止められないんです」

 

 

 

 

この言葉を聞いてひどく納得してしまいました。ひきこもりの状態のとき、経済的自由や親からの独立を子どもに親が熱っぽく説いてもほとんど意味がありません。

 

 

 

 

意味がないどころか、長い目で見るとマイナスになってしまいます。つまり、余計に長くひきこもってしまうということです。

 

 

 

 

ですから、「子どもに自立してほしい」という親の願いを、いわば技術として封印するほうが、長い目で見ると、より自立に近い道を歩むことにつながります。

 

 

 

 

そのように割り切って子どもに接してみてはいかがですか、と提案すると、親たちはたいていの場合、うなずきます。

 

 

 

 

そこでいつも議論は止まるのですが、このときのその父親は、まるで内側から何かを絞り出すようにしてうめきました。止めたくても自立に関する言葉はわき上がってしまう、と。

 

 

 

 

これを聞いて(あるいはその苦しそうな父親の表情を見て)、父親自身も自立に捕らわれていて苦しいのだろうな、と感じました。

 

 

 

 

一般的に、ひきこもっている当事者たちは、ひきこもりながらも実は自立したいという、行動とは矛盾した思いを抱いています。

 

 

 

 

それができないもどかしさ・焦りで苦しみ続けます。自立という言葉がひきこもりの当事者たちに与えるプレッシャーは並大抵のものではありません。

 

 

 

 

そのことはわかっていましたが、父親たちも、子どもとは別の意味で自立に捕らわれています。

 

 

 

 

抑えても抑えても言葉が溢れ出てきてしまう、そうした父親の思いを聞いて、わたしたちの考え方も徐々に変わってきました。

 

 

 

 

それまでは、自立という言葉を振りかざす父親たちを、どこかで軽く見ていました。

 

 

 

 

また、自立に関する言葉を投げかけると現実の親子関係はこんなに険悪になってしまうのに、なぜ父親たちはそれをやめることができないのか、不思議でもありました。

 

 

 

 

けれども、父も自立に捕らわれていると考えますと、その意味が納得できました。父にとって、自立はマグマなのです。

 

 

 

 

自立とは、自分ひとりで生きていける状態をいいます。ひとりで生きていけるというのは、、精神的、物理的に、誰かに依存することなく、生活ができるということです。

 

 

 

 

この定義を前提にしますと、ひきこもりやニーとは社会的に自立しているとはいえません。

 

 

 

 

この状態ができてはじめて、わたしたちは誰かとともに暮らすこと、ともに生きることを選ぶことができます。

 

 

 

 

選んだ相手は家族であり、また一緒に働く人たちも、同じく選んだ仲間ということができるでしょう。

 

 

 

 

家族や職場の仲間など、誰かとともに生きる中で、自分の人生をより幸せへと導くことができたとき、わたしたちは自立しているといえるでしょう。

 

 

 

 

そのやり方は、自分を含むまわりの人々にとって、最適な「快」を見つけ出すことです。

 

 

 

 

たとえば、子どもと親の関係でこのことを見てみましょう。子どもが問題を抱えて親のところにやってきました。

 

 

 

 

そんな問題を起こす子どもが気に入らないと、怒鳴りつけたらどうなるでしょう。

 

 

 

 

怒鳴られた子どもは傷つき、親は怒鳴った自分に嫌悪感を抱き、問題は何も解決していない、という状態がうまれます。

 

 

 

 

誰にとっても「快」は得られていません。子どもの問題に耳を傾けたらどうでしょう。

 

 

 

 

子どもは聞いてもらって安心し、親は子どもの問題を受け止められた自分を誇りに思い、問題解決に向かって一歩を踏み出すことで、親子双方に「快」を見つけることができます。

 

 

 

 

これは大人同士でも同じです。これを言ったら、やったら相手がどう感じるだろうという想像ができれば、自分自身をコントロールすることができ、互いの「快」を作り出すことが可能になります。

 

 

 

 

ところがそうしないと、自分の不用意な言動に、相手が怒り、相手の怒りを受けた自分が不愉快になります。

 

 

 

 

では、わたしたちが最適快を作り出すことを妨げるものは何でしょう。

 

 

 

 

ひとつは自我への執着です。あまりにも自分しか見えない、自分のことしか意識にない場合は、相手にとっての「快」を考えることはありません。

 

 

 

 

自分の「快」しか意識にないのです。親が自分のことしか考えない人である場合、それによって子どもは傷つくことが多いでしょう。

 

 

 

 

親が子どもを一人の人としてとらえ、これをやったら相手はこんなふうに感じるだろうと、配慮しないわけですから。

 

 

 

 

また、被害者意識というのもあります。「あの人のせいで」「この子のせいで」と都合の悪いことを相手のせいにして、その不都合を自分でなんとかしようとしないのが被害者です。

 

 

 

 

人は、相手に対して被害者意識を持っていると、決してその相手の「快」など考えません。

 

 

 

 

被害者(自分)はいつもかわいそうで、正しく、加害者(相手)はいつも邪悪で間違っています。

 

 

 

 

そんな加害者に対して、いいことなど考えられるはずがありません。

 

 

 

 

これらの狭い見方から抜け出し、より大きな「快」を見つけ出す生き方が自立といえます。

 

 

 

 

自分だけの勝手な思いにしばられず、都合の悪いことがあれば、人のせずに、自分に何ができるかを考えて行動する。

 

 

 

 

そんな人が、大人として自立した人といえるのです。自立した生き方への入り口は、気づきです。

 

 

 

 

わたしたちは、このような文章を読んだり話を聞いたりして、「なるほど」と思います。

 

 

 

 

そして、心がけて自分にできることをやってみようとします。ところが続くのは一週間です。

 

 

 

 

いつの間にか、「なるほど」と思ったことも忘れて、以前と同じことを繰り返し、「やっぱりだめだ」ということになってしまいます。

 

 

 

 

それは、行動や考え方だけをまねているからです。気づきは、深い決意をうながします。

 

 

 

 

深い決意は、結果を生み出す行動へとつながっていきます。そしてその行動は、思いつきではないので、続けていくことができるのです。

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