ひきこもりと支援機関
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ひきこもりと支援機関

ひきこもりの当事者によっては、ネットゲームやチャットなどを通じて自力でオフ会(ゲーム仲間と実際に会う会)に参加し、友人をつくるケースもあります。

 

 

 

 

しかし、支援者は、こうしたケースにあまりあうことはありません。自力で友人を作れる人は支援機関には来ません。

 

 

 

 

実感としては、ひきこもりが長引けば長引くほど、このように自力で友人をつくるケースは減ると思っています。

 

 

 

 

長期化したひきこもりの場合、何かのきっかけがあり、人と知り合うことはあるかもしれませんが、そのことが自分のひきこもり生活を変えるほどの強力な要素にはならないのではないでしょうか。

 

 

 

 

そういうわけで、ひきこもりからの脱出として支援機関に通うことを目指すわけですが、この状態になって、ひきこもりの頃から親が相談している支援機関が重要な役割を果たします。PP_tokai_TP_V1

 

 

 

 

この状態になるまで支援機関は、さまざまなひきこもりのタイプのうち、被支援者がどのタイプに属しているのか、だいたいを見極めておく必要があります。

 

 

 

 

そのうえで、親と意見を共有しておき、これが一番大事なのですが、親の納得を得ておく必要があります。

 

 

 

 

 

たとえば、広汎性発達障害の疑いがあれば、支援機関はそのことについて、親と話し合いを持っておくことが大切です。

 

 

 

 

 

 

それも、地道に何回も面談を重ねて、支援機関はその広汎性発達障害について多少の理解を親から得ます。

 

 

 

 

最終的に診断を下すのは医療機関の医師ですから、それはまだ先になるでしょう。

 

 

 

 

ですから、この時点で支援機関としては断言してはいけないし、医師以外の支援者にはできません。

 

 

 

 

ですが、面談を通してさまざまなひきこもりのタイプのうち、どのタイプかを支援者はしっかりと見極め、そのことを時間をかけて親と共有することはできます。

 

 

 

 

そのうえで、どの支援機関を選べばそのひきこもりの当事者に適しているかを支援者は考え、親もそれについて意見を言い、よりベターな支援機関を両者の話し合いを通して見つけます。

 

 

 

 

こうした過程を踏むことがとても大切なのです。そうした話し合いで選ばれる相談機関は、親が通っている機関かもしれませんし、別の機関かもしれません。

 

 

 

 

それはひきこもりのさまざまなタイプのどこに近いかで分かれてきます。

 

 

 

 

親が通う支援機関ではない場合も、それほど嘆く必要はありません。

 

 

 

 

ひきこもりの支援はひとつの支援機関だけではなかなか厳しい面があります。

 

 

 

 

ひきこもり当事者は、いずれは複数の支援機関を使うようになる(というより、複数使用するよう勧める)。

 

 

 

 

親が通う支援機関を、いずれは副次的支援機関としてひきこもり当事者は選択するかもしれません。

 

 

 

 

 

このような親の努力を受けて、ひきこもり当事者が利用する支援機関が決まったとしましょう。

 

 

 

 

 

ここで、このことを親は子どもに伝える必要があります。しかし、ここである矛盾が生じます。

 

 

 

 

親は、親子関係を再構築させるために「自立」に関する話を封印してきました。

 

 

 

 

やがて子どもは外出できるようになりました。それは、親が子を支援機関に誘うことができるかもしれないという状態になっているということです。

 

 

 

 

ですが、その「支援機関に誘う」という行為そのものが再び親子関係の凍結につながる可能性があります。

 

 

 

 

支援機関の名を出すという行為は、直接「自立」につながることであり、親子関係の再成立の根底にあった無言の約束ー「自立」に触れないーを破ることでもあります。

 

 

 

 

ですから親は支援機関の名前を出すことに躊躇し、子どもがひきこもりの次の段階の手前まで来ているものの、そこで固定してしまうことが多いです。

 

 

 

 

ひきこもりとニートの間で停滞するという事態が生じます。しかし、このような親の気持ちを批判する気にはなれません。

 

 

 

 

子が家の中でひきこもりの状態で過ごすということは、親にとっても過大なストレスになるからです。

 

 

 

 

しかし、ここでひきこもりの支援機関の名を出すことは、以前のひきこもりの状態に戻る可能性も秘めている行為です。

 

 

 

 

わたしたちはそのようなことも親に伝えたうえで、以下のような段取りを提案しています。

 

 

 

 

子どもがひきこもっている間、親は、支援者と出会い、愚痴を聞いてもらったり、ひきこもりの支援について学んだりしています。

 

 

 

 

本で知識を身につけ、講座に通い、支援機関に紹介された親の会に通ったりもしているかもしれません。

 

 

 

 

そのほか、ひきこもりの支援機関の情報も親は得ているはずです。そうした情報を、特に自分が通っている支援機関の情報を、親は子に小出しに伝えていきます。

 

 

 

 

いきなり誘うのではなく、自分はどういう相談機関に通っているか、どういう理由で通っているかを、短時間で明瞭に子に伝えます。

 

 

 

 

その際、「子どものために通っている」のではなく、「親自身のために通っている」と説明したほうが子の反発を招きにくいです。

 

 

 

 

たとえば、「お母さんも少し疲れ気味なので相談を受けている」といった感じで伝えます。

 

 

 

 

ひきこもりの当事者たちからすれば、その「疲れ」の原因は自分にあると薄々気づいているものの、あえて言語化されなければショックはあまり受けません。

 

 

 

 

それどころか、当事者たちは親にいつまでも元気でいてもらいたいと思っています。

 

 

 

 

親が元気だからこそひきこもり生活が成り立っていると当事者たち自身が一番よく知っているからです。

 

 

 

 

また、ひきこもりの当事者たちの多くは、「ひきこもり状態から救い出してほしいが、放っておいてもほしい」という矛盾した心理状態にあります。

 

 

 

 

加えて、「自分のために親に何とかしてほしいが、親に迷惑もかけたくない」とも思っています。

 

 

 

 

このように、基本的に助けてほしいものの、二重三重の矛盾した心理のなかで当事者たちはあえいでいます。

 

 

 

 

だから親は、「親自身のために動く」とあえて伝え、定期的に支援機関に通い続けます。

 

 

 

 

はじめ、子はほとんどその動きを無視します。それが数ヶ月続くことは当たり前のことです。

 

 

 

 

親が今日はどこそこの支援機関に行ってきたと伝えても、ほとんどは無視しますし、人ごとのように聞き流します。

 

 

 

 

このリアクションのなさに打ち負けてしまう親もいますが、支援者の力も借りながら地道に親は通い続け、そのことを子に伝え続けます。

 

 

 

 

すると、親がどういうところに通っているか、子は徐々に気になってきます。

 

 

 

 

具体的には、「まだそんなところに通っているの」といった、若干皮肉めいた台詞で論評したりもします。

 

 

 

 

これは関心がある証拠です。こうしてその支援機関の名前がタブーでなくなってきます。

 

 

 

 

ここで、いよいよ、本人を相談機関に誘う段階がきます。たとえば、親が一ヵ月後に面談予約をとっていたとします。

 

 

 

 

その段階で、親は子に日時を伝え、「もしその気になったら一緒に行こう」と誘います。

 

 

 

 

 
子は、「自分には今は必要ない」とか「そこに行っても何をはなしていいかわからない」などと、否定的な応答をしてくるのが普通です。

 

 

 

 

ですが、これを額面どおりに受け取ってはいけません。これは、否定ではなく、不安から生じている言葉なのです。

 

 

 

 

長期間、家族以外の人間と会っていないとき、勧められる支援機関について多少の関心を抱いていたとしても、実際に会うことを想像すると不安になるのは当然の心理です。

 

 

 

 

 

それが否定的応答となります。親はできるだけその否定的言辞にふりまわされず、シンプルに面談日時を伝え「できればいっしょに行こう」と誘います。

 

 

 

 

それ以上は付け加えません。そして前々日あたりにあらためて伝えます。このときも用件のみです。

 

 

 

 

 

やがて当日になって本人が行く気になっている場合、風呂に入って入念な準備をし始めるので、前日からわかることもあります。

 

 

 

 

当日朝も着替えに時間をかけているかもしれません。そして玄関で靴のひもを結び始めます。

 

 

 

 

親はとっくに靴をはき、外に出ています。そのまますっと出る人もいれば、そこまできてドタキャンという場合もあります。

 

 

 

 

行為としてはドタキャンになってしまいましたが、そこに至る本人の葛藤は凄まじいものがあったと想像されます。

 

 

 

 

そこまで来れば、気分の変動でドタキャンではなく、なかなか言葉にはならないが相当なプレッシャーのなか、「どうしても今日は無理だ」となってしまうのです。

 

 

 

 

そのことを責めても仕方がありません。ですから親はがっかりした顔を見せないで、「それじゃあわたしだけ行ってきます」と言って親だけが面談へと出かけ、そこで約束してきた次回の面談日時を帰宅後、ひきこもり本人に伝えます。

 

 

 

 

そして翌月、同じように本人を支援機関へと促します。時には、玄関で迷う子に対して、親は少し強めに誘ってもいいのです。

 

 

 

 

 

それが可能な条件が、それまでの地道な親子関係の積み上げによって構築されていると思うからです。

 

 

 

 

そのときすでに、「自立」はそれほどタブーではなくなり始めています。

 

 

 

 

直接的な「自立」に関する話題はまだ話しにくいかもしれませんが、少なくとも支援機関に親が通っていることやそこに子を誘う程度のことはタブーではなくなっているでしょう。

 

 

 

 

ですから、状況によっては、「さあ、思い切って行ってみよう」といった強めの誘いでも大丈夫なときがあると思います。

 

 

 

 

 

 

そうした言葉かけができるようになるために、親はこれまで地道に支援を受けたり子と辛抱強く接してきたのです。

 

 

 

 

別の視点から見ますと、こうした「最後の一押し」をしても親子関係はそれほど崩れないという自信を得るために、親は地道に動き続ける必要があるともいえます。

 

 

 

 

 

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