ひきこもりが起こした事件
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ひきこもりが起こした事件

 

1999年12月12日の午後2時ごろ、京都市伏見区の市立日野小学校で、校庭で遊んでいた当時2年生のA君(7歳)が若い男に突然刃物で切りつけられ、出血多量で死亡しました。

 

 

 

 

傷は首や腕など6箇所にわたっていました。目撃した子どもによると、犯人は黒の目だし帽をかぶり、犯行後すぐに逃亡しました。

 

 

 

 

現場には凶器と見られる刃渡り15センチの文化包丁と、犯行声明ともとれる6枚のB5判用紙が残されていました。

 

 

 

 

用紙には「私は日野小学校を攻撃します。理由はうらみがあるからです」という宣言文のほか、「私を識別する記号→てるくはのる」という意味不明の一文が記されていました。

 

 

 

 

以上が99年末の日本を騒がせた京都小学生殺害事件の第一報です。

 

 

 

 

マスコミは年が明けた2000年1月になっても、「てるくはのる」の謎解きや犯人探しについての続報を流し続けていました。

 

 

 

 

そして1月28日の夜、今度は新潟から別のニュースが入ります。

 

 

 

 

新潟県柏崎市の住宅で、9年前から行方不明になっていた女性(当時19歳)が見つかったのです。

 

 

 

 

第一報は次の通りです。

 

 

 

 

新潟県三条署は28日夜、9年余り前に新潟県三条市内で行方不明になっていた女性を、同柏崎市内の無職男性(当時38歳)宅で発見し、無事保護しました。

 

 

 

 

女性は行方不明になった直後からこの男性宅で暮らし、この日まで外に出たことがありませんでした。

 

 

 

 

住宅には女性と無職男性のほかに男性の母親(当時73歳)が暮らしていましたが、母親は2階にこの女性がいたことには一度も気づかなかったと話していました・・・・・。

 

 

 

 

新潟女性監禁事件と呼ばれたこの事件もまた、その異常性から世間の関心を呼びました。

 

 

 

 

なかでも注目の的は、容疑者である男性と被害者である女性との生活ぶりでした。

 

 

 

 

男性は高校卒業後に地元の精密部品メーカーに就職しましたが、約半年で退社し、その後は家にひきこもりがちになりました。

 

 

 

 

昼間はほとんど外出せず、ときおり母親の運転する車で出かけるだけという生活を送っていました。

 

 

 

 

家で暴れることがあり、母親をけっして2階の部屋へ上がらせなかったようです。

 

 

 

 

働かずに部屋にこもり続ける37歳の無職。ひきこもり的な男性像が作られるまでに時間はかかりませんでした。

 

 

 

 

新潟の監禁事件に世間が大騒ぎを続けている翌2月上旬、京都の小学生殺害事件が再びショッキングな展開をみせました。

 

 

 

 

京都府警山科署の捜査本部が同月5日午前、京都市伏見区に住む無職の男性(当時21歳)に小学生殺害の容疑で任意同行を求めたのです。

 

 

 

 

しかし男は逃走し、正午過ぎに近くの団地で飛び降り自殺をしました。

 

 

 

 

男のリュックサックからは犯行をほのめかすメモが見つかりました。

 

 

 

 

直後からマスコミは、21歳の容疑者像について大量の情報を伝え始めました。

 

 

 

 

「大学を目指して浪人中だった。自室の6畳間にダンボールで囲いを作って閉じこもっていた。近所の人は男性の顔を見ることがほとんどなく、どこかに下宿しているのかと思っていた」・・・・・。

 

 

 

 

卒業後に出身高校を何度も訪れていた、バイク免許を取ったなどという情報もありましたが、一部のマスコミは閉じこもりがちな生活ぶりを示す情報のほうに着目し、それをもうひとつのセンセーショナルな事件、つまり新潟女性監禁事件の容疑者像と重ねて報じました。

 

 

 

 

両事件の容疑者はともにひきこもり生活を送っていた、と。

 

 

 

 

このようにして、両事件とひきこもりを結びつける一連の報道が過熱していきました。

 

 

 

 

異常な事件に新奇なひきこもり現象を結びつけたいかにも人目を引きそうな企画が、テレビや雑誌、新聞で繰り返し人々に提供されました。

 

 

 

 

多くの人々は、そうした犯罪報道によって初めてひきこもりという深刻な現象を知ることになりました。

 

 

 

 

わたしが見る限り一連の報道には、ほぼ共通したパターンがありました。

 

 

 

 

代表的なのは次のような構成です。まず両事件の共通点として、容疑者がともにひきこもり的な生活状態にあったと示唆する情報が提示されています。

 

 

 

 

 

続いて、ひきこもる青年は近年増加していて百万人以上いるとの推測もあるなどといった説明情報と、ひきこもり現象とはどのようなものかといった解説情報が流されます。

 

 

 

 

精神科医などによる、両容疑者はひきこもりだった、という補強コメントもしばしば添えられました。

 

 

 

 

そして最後は「けれどひきこもりの青年が犯罪をするのはまれです」「ひきこもり青年は犯罪とは縁遠い存在なのです」といった擁護コメントで締めくくられるのです。

 

 

 

 

それらの報道を見るたびにわたしは、これは典型的なマッチポンプ報道ではないか、という思いを強めました。

 

 

 

 

この場合のマッチポンプとは、自分で火をつけ、自分で消化する行為をさします。

 

 

 

 

事実これらの報道は、ひきこもり状態にある青年や家族に深刻なショックを与えました。

 

 

 

 

わらしが当人たちから耳にしたコメントには、たとえば次のようなものがありました。

 

 

 

 

「ますます外出がしづらくなりました」「僕も周りから悪く見られているんじゃないかと心配になりました」・・・・・。

 

 

 

 

これらは、一連の報道が世間に与えたであろう「ひきこもりへの偏見」を懸念する声です。

 

 

 

 

当時、東京都内で支援活動をしていたひきこもり自立支援センターにも、多くのマスコミから取材の依頼が来ました。

 

 

 

 

わたしは事件直後の2月12日、静岡市でひきこもりの当事者や家族に向けた講演会をしていました。

 

 

 

 

会場には約250人の方々が詰め掛けていましたが、壇上からわたしが「さて京都と新潟のひきこもりの事件ですが・・・・」といったとたん、会場にいる親御さんや当事者たちの表情に緊張感が走り、一瞬にして厳しい視線がわたしのほうに集まってきたのを感じました。

 

 

 

 

当事者や家族の方々がいかに事件の報道に敏感になっていたかを改めて思い知らされた瞬間でした。

 

 

 

 

ただでさえ肩身の狭い思いを抱かされがちなひきこもり関係者にとって、ひきこもりと犯罪をことさらに結びつけた報道は、ある種の暴力性すらはらんでいたのです。

 

 

 

 

もちろん報道した側にすれば「ひきこもりと犯罪とを絡めて報道したことは事実ですが、同じ企画のなかに犯罪との関連性を否定するコメントも織り込んでおいたから問題はない」という反論は可能でしょう。

 

 

 

 

しかしわたしは、これらの報道は総体的に見てマッチポンプだったといわざるを得ません。

 

 

 

 

たとえ自身の手で消火作業をしていたとしても、最初にその人が放火したという事実までは消せないのではないでしょうか。

 

 

 

 

また、残念なことに、不幸な事態はこの2つの事件だけでは終わりませんでした。

 

 

 

 

同年5月3日、佐賀市の17歳の少年が西鉄高速バスを乗っ取り、乗客を刺して殺傷しました。

 

 

 

 

この少年についてもマスコミは、容疑者はひきこもりだったと報じました。

 

 

 

 

高校に9日間通っただけで不登校になり、友達との行き来もほとんどなく自室に閉じこもりがちになったという具合です。

 

 

 

 

このころはすでに新聞の社会面でも、ひきこもりという言葉が特に説明もつけずに使われるようになっていました。

 

 

 

 

それだけ読者の認知度が上がったということでしょう。99年末から2000年までの間、ひきこもりについての情報はかつてない規模と密度をもって人々のもとへ流されました。

 

 

 

 

しかし繰り返しますが、それらの情報はたいていの場合、犯罪報道の関連事項として加工された情報でした。

 

 

 

 

多くの人々にとってひきこもりという現象は、京都の事件や新潟の事件や佐賀バスジャック事件にまつわる負の第一印象を背負ったものとして登場してきたのです。

 

 

 

 

「ひきこもりは犯罪の土壌だ」という誤った偏見が一部に生まれるのも、当然の帰結だといえるでしょう。

 

 

 

 

この偏見はひきこもりの当事者や親にとって、無理やり押し付けられた返済不能な借金のようなものだともいえます。

 

 

 

 

誰にとっても「自分は将来、犯罪を起こさない」と証明することは事実上、不可能なのですから。

 

 

 

 

もうひとつの問題は、犯罪報道を通してだったゆえに、当人の肉声抜きに当人像(容疑者像)が形作られてしまったことでしょう。

 

 

 

 

マスコミは当人に関する情報を多く流しましたが、主要部分は警察のフィルターを通した情報であり、犯罪にまつわる情報に偏っていました。

 

 

 

 

そして容疑者像を伝えるもう一つの重要情報は、近所の住人やかつての級友、学校教師など周囲の人々の記憶証言でした。

 

 

 

 

つまり視聴者や読者は、あらかじめ権力や世間というフィルターを通った情報によってしか容疑者像を作れなかったのです。

 

 

 

 

1990年代後半、ひきこもり現象への理解が緩やかに広がる様子を見て、わたしはこれはかつて不登校(登校拒否)現象がたどってきた足取りと似ている、という印象を持っていました。

 

 

 

 

不登校の子どもたちも初めは、非行だ、単なる怠けだ、病気だと、きわめて否定的なレッテルがはられていました。

 

 

 

 

「あの子に近寄ると不登校がうつる」といわれた子どもさえいました。

 

 

 

 

それが当事者や関係者の努力によって、今では文科省さえ「どの子にも起こりうる」と認めざるを得なくなっています。

 

 

 

 

ひきこもりについても「あの子と付き合うとひきこもりがうつる」と陰口をたたかれた人の例は皆無ではないものの、全体的には、「外に出たいのに出られない」という当事者の葛藤に対して緩やかながら理解が広がりつつあると感じられたのが90年代後半でした。

 

 

 

 

しかし2000年、ひきこもりは「犯罪に結び付けられる形で爆発的に認知度が高まる」という大きな不利を背負いました。

 

 

 

 

冷静な理解を勝ち取っていくための道のりは、ある意味では不登校以上に厳しくなったといえるかもしれません。

 

 

 

 

京都・新潟などの事件にかかわってひきこもりは、犯罪と結びつけるかたちで何度もマスコミに取り上げられました。

 

 

 

 

「ひきこもりは危険だ」というイメージは、ひきこもりへのどのような援助を期待するかという世論にも微妙に影響を与え始めたように見えます。

 

 

 

 

教育的で息の長い援助法を期待する気運から、治療的・訓線的・矯正的な援助法を期待する気運への移行です。

 

 

 

 

それでは今、犯罪とひきこもりとの関係をどう考えるべきなのでしょうか。

 

 

 

 

まず押さえておくべきことは、ひきこもりの認知度の問題でしょう。

 

 

 

 

これらの事件によってひきこもりが広く知られたのは事実ですが、事前にひきこもりがある程度、まで知られていたからこそ事件とひきこもりの関連の有無が語られるようになったのも事実だと思われるからです。

 

 

 

 

たとえば1997年には、奈良県添上郡月ヶ瀬村で中学年の女子生徒が行方不明になり、7月に無職の男性(当時25歳)が逮捕され、女子生徒は遺体で発見されるという衝撃的な事件が起きました。

 

 

 

 

その前後にも「20代・無職」の男性による犯罪が続いたため、一部のひきこもり当事者や援助者の間では、「ひきこもりへの否定的な見方が助長されるのではないか」という不安がひそかに広がりました。

 

 

 

 

しかし実際には、事件をことさらにひきこもりと結び付けようとする報道は特には見られませんでした。

 

 

 

 

ひきこもりという状態像がまだ広くしられていなかったことも理由のひとつだったのかもしれません。

 

 

 

 

京都や新潟の事件のあと、マスコミからは犯罪とひきこもりの関連についての援助者コメントや識者コメントが多く送り出されました。

 

 

 

 

代表的なものとして「ひきこもりの青年が犯罪をするのはあくまで例外である」

 

 

 

 

という意見や「ひきこもりの人は他人を恐れて外に出られないのだから基本的に犯罪などできるわけがない」という意見などがありました。

 

 

 

 

ひきこもりと犯罪との関連をどう考えるのかと尋ねられた場合、現段階では次のように答えるしかないのではないかとわたしは思います。

 

 

 

 

たとえば毎日会社に通っている社会人の中からもある低い割合(Aとします)で、殺人や監禁のような犯罪をしてしまう人は現れます。

 

 

 

 

同じように、ひきこもり状態にある人のなかからもある低い割合(Bとします)で、殺人や監禁をする人は現れてくるでしょう。

 

 

 

 

しかし現状では、比較して「BがAより高い」と根拠づける統計データはありません。

 

 

 

 

(ひきこもる青年がどの程度の規模で存在するのかすらわたしたちは把握していないのです)。

 

 

 

 

つまりひきこもりをことさらに犯罪性と結びつけて考えるべき根拠は今のところないのです。

 

 

 

 

ですから極端に言えば、ひきこもりをことさらに犯罪と結びつける報道は「2つの事件の容疑者はともに左利きでした」と伝える報道と同じくらい意味がなく、そうした思考にメリットらしいメリットは期待できません。

 

 

 

 

あるのは、ひきこもりへの偏見を生じさせるなどのデメリットだけでしょう。

 

 

 

 

それでは一連の事件に関して、ひきこもりの視点から積極的に語るべきことは何もなかったのでしょうか。

 

 

 

 

わたしはあったと思います。それは新潟女性監禁事件で、73歳という高齢の母親を社会的に援助できなかったという厳粛な事実についてです。

 

 

 

 

保健所や警察や病院に足を運び、息子からの家庭内暴力まで訴えた老母に、結果的には有効な社会的援助の手を何ひとつ差し伸べられませんでした。

 

 

 

 

そこには、ひきこもりに苦しむ親子が地域で孤立させられてしまうのと同じ構図が見られます。

 

 

 

 

もし監禁された女性をいち早く救い出すチャンスがあったとすればそれは、家ごと社会から孤立するような状態にあった年老いた母親を地域の誰かが支え、勇気づけることできた場合だったのではないでしょうか。

 

 

 

 

夫という子育てのパートナーを失い、息子から日常的な暴力まで受けていた老母に対して、息子の抱える「長期監禁」という大問題にひとりで直面し解決せよと望むことには明らかに無理がありました。

 

 

 

 

ひきこもりを抱える家族を見ればわかりますが、実際にはわが子が長くひきこもっているというそのことだけでもノイローゼになってしまう親が珍しくありません。

 

 

 

 

まして日常的に暴力までふるわれるとなれば、たとえ健康な50代の夫婦でも自動車で数ヶ月も寝なければならない生活を強いられたり、わが子を殺してしまおうと思いつめたりする例が出てきます。

 

 

 

 

たとえばある父親はこう訴えました。「息子は最近ぶっ殺してやるとわたしに言います。先日わたしはナイフを購入しました。息子を刺すためではありません。息子に一生父親殺しという汚名を着せるくらいなら、いっそわたしが自分で自分の命を絶ったほうがいいと思うからです」・・・・・。

 

 

 

 

しかし新潟の事件をめぐる世論の関心は概して、なぜ母親を援助できなかったかという方向には向かいませんでした。

 

 

 

 

事件当初などはむしろ、2階に女性が監禁されていることに気づかなかったことの法的責任をこの母親に問えるかどうか、という視点の報道のほうが目に付くありさまでした。

 

 

 

 

ときおり母親への援助が話題になることはありましたが、わたしの印象では、主に県警の対応の「手落ち」を非難する目的で語られる場合が多かったように思います。

 

 

 

 

なおひきこもりと犯罪についての統計データに関して付言しますと、精神科医の斉藤環氏は論文「ひきこもりへの偏見を正す」のなかにおいて、これまでに初診だけの人を含めると千例以上の社会的ひきこもりケースを見てきたと記したうえで、そのなかに「深刻な犯罪」を犯した例はなかったと報告しています。

 

 

 

 

ただし斉藤氏は同じ論文のなかで、社会的ひきこもりの半数以上に「家庭内暴力」が見られたとも述べています。

 

 

 

 

人間ではなく壁やドアに対して当たる例も含まれているようですが、中には親に殴る蹴るの暴行を加えて怪我をさせる例もあったといいます。

 

 

 

 

家庭内暴力の事例が半数以上あるとはかなり高い割合の印象ですが、そこには斉藤氏が医師であることも影響しているのでしょう。

 

 

 

 

現状ではひきこもりを理由に精神科医を利用する人はまだ少数派であり、数ある援助職のうちで当事者や家族から見てもっとも利用を避けたいと思われているのが精神科医なのです。

 

 

 

 

つまり今のところ、多くの人にとって精神科とは、どうしようもなく追い詰められた場合に仕方なく訪れるところであり、家庭内暴力とはまさにそうした「場合」の代表例なのです。

 

 

 

 

数字的なデータではなくとも、ひきこもる青年たちに接している援助者がどのような「感触」を得ているかを知ることは一定の参考になります。

 

 

 

 

その意味で、テレビや雑誌、新聞などで援助者が「ひきこもりをしている青年たちから犯罪性は特に感じられない」という発言を繰り返していたことには注目していいでしょう。

 

 

 

 

またわたしが見聞きする限り世間の一部の人々は、規範意識のない成年がひきこもりをするのだ、と想像しているようです。

 

 

 

 

そうしたイメージの延長線上にこそ、ひきこもり青年は犯罪への自制力が働かない危険な人だ、という偏見も生まれてくるのでしょう。

 

 

 

 

しかし、わたしがこれまでに得ている感触を言えば、ひきこもりをしている青年の多くはむしろ基本的に一定の規範意識と倫理観、常識を備えた人たちです。

 

 

 

 

ひきこもりが高い注目を集めた理由は、単に目を引く犯罪事件と結びついて紹介されたからだけではありません。

 

 

 

 

この時期になぜこれほど注目されたかという理由を考えることは、ひきこもりとは何かを考えるうえでもおそらく欠かせない作業となります。

 

 

 

 

なぜこの時期だったのかを考えるとき、重要なテーマのひとつは不登校との関係でしょう。

 

 

 

 

不登校(登校拒否)は1960年代に入る前ごろから一部で注目されはじめ、80年代になると各地で親のグループ化や子供向けフリースクールの開設などが急速に進むようになりました。

 

 

 

 

 

そのようにして不登校の子どもたちへ注がれる親や社会のまなざしが増えていくなかで、ひきこもりというもうひとつの現象も社会的に「発見」されることになったのです。

 

 

 

 

それは不登校をしている子どもの一部がずっと家の中にこもり続けているという現象であり、もう一つは不登校のまま高校年齢を終えた子どもたちが社会へ出ないままこもり続けるという現象でした。

 

 

 

 

たとえば、不登校の子どものために学校外の居場所として「東京シューレ」を作った奥地圭子氏の1989年の著書「登校拒否は病気じゃない」にはすでに、家に「閉じこもる」不登校の子たちについての言及が複数あります。

 

 

 

 

「学校に行かない子はだめな子だと周囲がみるし、自分でもそう思うので、その劣等感から人の前に出られなくなり、人に会いたくなくなり、絶望的になって何をする気力もなくなってしまうのです。はては、閉じこもったり、家庭内暴力が出たり、強迫神経症が出たりというところまで追い詰められてしまう子がかなりいます。」といった具合です。

 

 

 

 

また高校年齢を超えた後のひきこもりに言及していると思われる記述もわずかですがあります。

 

 

 

 

「最近従来と違ってきたと思うのは、例会で年齢別の分科会をひらくと、大きいお子さんをお持ちの親のグループが、やるたびに増えていることです。

 

 

 

 

つまりかつての不登校(登校拒否)の子どもたちが大きくなり、高校を卒業した年齢、あるいは20代になって、うまくいっていない例も増えているということがいえます」

 

 

 

 

つまり時代的に見れば、不登校に注がれる社会のまなざしが増え、子どもたちの生活実態が細やかに把握されていくその次の段階として、「卒業後の彼ら、彼女らの生活は一体どうなっているのだろう」という問題意識は生まれてきたのです。

 

 

 

 

18歳以上のひきこもりは主にこのような段階を経て社会的に「発見」されたのだとわたしは思います。

 

 

 

 

ひきこもりへの注目が90年代に高まったことも、このような時代背景と関係しているのでしょう。

 

 

 

 

なお念のため付け加えますが、ひきこもりは不登校の延長例ばかりではありません。

 

 

 

 

大学卒業後にひきこもる、職場をやめてひきこもるなどの例も珍しくなく、不登校経験のない人が少なくありません。

 

 

 

 

ひきこもりがこれほど多くの関心を集めた大きな理由は、人々の心の奥底にある不安を刺激したからでもあるでしょう。

 

 

 

 

それはおそらく次の5つの不安です。

 

 

 

 

 

第一は「犯罪を恐れる警察的・治安的な発想からの不安」、第二は「禁欲的勤勉をよしとする労働倫理が崩れることへの不安」、第三は「超高齢化社会を目前にした社会保障面の不安」、第四は「コミュニケーションにかかわる漠然とした不安」、第五は「世代交代が機能不全に陥るのではないかという不安」です。

 

 

 

 

第一の犯罪に関わる不安は、いうまでもなく京都や新潟などの一連の犯罪報道によって植えつけられたものです。

 

 

 

 

この種の不安を抱く人にとっては、ひきこもりの青年が増えることは異常な犯罪の可能性が増えていくこととつながるため、警察的、治安的な発想からひきこもりを否定的にとらえる傾向におちいりやすいのです。

 

 

 

 

しかし先に述べたとおり、これは現状では根拠らしい根拠のない不安です。

 

 

 

 

第二の労働倫理面の不安は、ひきこもりを「働こうとしない人たち」と見ることから生まれてくる不安です。

 

 

 

 

この種の不安を抱く人はひきこもる青年を「大人なのに働かず親の家に寄生し続けようとする者」と必要以上に否定的にとらえがちです。

 

 

 

 

特徴的なのは、単なる失業・無職状態と見るのではなく、当人の道徳に問題があると考えようとする傾向です。

 

 

 

 

おそらく心の底には、近代産業社会や日本の経済成長を根底で支えてきた禁欲的勤勉という労働倫理が揺らいでしまうことへの漠然とした不安がかくれているのかもしれません。

 

 

 

 

生産活動に従事していない青年というひきこもりイメージは、そうした潜在的不安にひとつの「形」を与えてしまった可能性が高いです。

 

 

 

 

だからこそ、それが他人の子どものひきこもりであっても無視できないのでしょう。

 

 

 

 

ひきこもり現象への反応が教えることのひとつは、わたしたち日本人が倫理を考える際、労働倫理の占める割合がいかに大きいかということです。

 

 

 

 

なおこうした不安を抱く大人たちは、青年自身が葛藤をしているという事実には注意を向けないという共通傾向もあります。

 

 

 

 

第一と第二の不安を並べたとき思い起こされるのは、社会哲学研究者の今村仁司氏が著書「近代の労働観」(岩波書店)で紹介した近代初期の収容所です。

 

 

 

 

近代の産業労働に適応できなかった農民たちが浮浪者や貧民として都市に現れたとき、国家は「矯正院」や「労働の家」と呼ばれる収容所を作り、人々をそこへ収容しました。

 

 

 

 

目的は犯罪の可能性を防止することと道徳的な罪を防止することだった、と氏は記しています。

 

 

 

 

そこでは貧しいことは道徳的な罪とされたのです。収容所で労働させることが「再教育」とみなされ、それによって農民の身体は「産業経済に適応する労働身体」に作りかえられていったといいます。

 

 

 

 

第三の社会保障面の不安は、少子化と高齢化によって助長されている感情です。

 

 

 

 

高齢者の割合が増え、生産を担う現役世代が減るというシナリオへの不安は、泥沼の不況が続いた1990年代に現実感を増してきました。

 

 

 

 

青年のひきこもりが注目されたのは、そうした時代でもありました。

 

 

 

 

経済的な負担と享受のバランスに敏感にならざるをえなかった90年代以降の日本人のなかにあって、「親に甘え労働せずに済んでいる」と思い込まれがちなひきこもり青年は「不正に得を得る者」の汚名を押し付けられやすく、ねやみや羨望の感情を刺激しやすい存在でした。

 

 

 

 

背景には「全体に奉仕しない個人には価値がない」という全体主義的な考え方の存在もうかがえます。

 

 

 

 

社会保障面の不安に決定的な「根拠」を与えたのは、複数のマスコミを通じて流された「ひきこもりは全国に100万人以上」という巨大な推測値でした。

 

 

 

 

少なからぬ人々がこの数字を見て、ひきこもりが社会にあたえるであろう精神的・経済的マイナス影響を不安視したと思われます。

 

 

 

 

たとえば編集者の大塚英志氏は論文「少年救済プログラム」にひきこもりやフリーターを将来にわたって許容するほどこの国の経済の先行きは明るくはないはずなのだと書いています。

 

 

 

 

第四のコミュニケーションに関する不安は、通常は明確に意識されにくい不安です。

 

 

 

 

同じ世界にいるのに意思が通じ合わない「コミュニケーション不全」状況への漠とした不安に、ひきこもりは具体的な顔を与えたのかもしれません。

 

 

 

 

いわば究極のコミュニケーション不全形態としてです。

 

 

 

 

作家の中島梓氏が現代の対人関係について考察した著書「コミュニケーション不全症候群」(筑摩書房)を発表したのは1991年のことでした。

 

 

 

 

オタクやダイエット症候群などさまざまな「人間関係に対する適応過剰、ないし適応不能」の例が紹介、検討されています。

 

 

 

 

本にはひきこもり現象に通底するような内面のありようを記述した箇所も見られますが、現象としてのひきこもりについての踏み込んだ言及はありませんでした。

 

 

 

 

いじめや幼児虐待、ストーカーといった問題が、「コミュニケーションのゆがみ」を表す問題だとすれば、ひきこもりは「コミュニケーションの断絶」とすら見える問題です。

 

 

 

 

95年の地下鉄サリン事件、97年の神戸の小学生連続殺傷事件も、身近なはずの他者との深い断絶を印象づける事件でした。

 

 

 

 

ひきこもりを知った人々がコミュニケーションの不安を呼び起こされるのは、ひきこもりという現象のなかに今のコミュニケーションの抱える問題が鋭角的に現れているからかもしれません。

 

 

 

 

第五の世代交代に絡む不安は、大人と子どもとの関係が見直しを迫られている、この社会の不安定感から来るものだといえるかもしれません。

 

 

 

 

いまや子どもへの無頓着さを大人は完全に失ってしまったと言ってもいいかもしれません。

 

 

 

 

少年法改正議論といい教育改革議論といい、大人たちは子どもを制御できないことに必要以上に焦りを感じています。

 

 

 

 

ある面では子どもを大人として扱おうと躍起になり、同時に別の面では子どもを子どもの位置に押しとどめようと必死になるなど、子どもとの関係の持ち方に基本的な部分で、混乱が多発しているように見えます。

 

 

 

 

また心理学者の間からは「青年期が30歳前後まで延びてきている」という指摘が出ていますが、社会制度は20歳前後での自立を想定して組み立てられていて、そこにある10年ものギャップは青年の自立をめぐるさまざまな社会問題の一因にもなっています。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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