ひきこもりからの旅立ち~ひきこもり経験者の告白~
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ひきこもりからの旅立ち~ひきこもり経験者の告白~

僕は学校のことを好きだと思った覚えがありません。

 

 

 

 

 

幼稚園のとき、登園拒否をしました。理由はよく覚えていません。送迎バスのドアのところで、踏ん張って抵抗したけど結局連れて行かれてしまいました。

 

 

 

 

 

それからはいやいやながらも通っていました。小学校1年のとき、不登校をしました。理由は人間関係です。このころから人と付き合うのが下手でした。

 

 

 

 

 

自己主張が弱すぎて、相手に服従する感じになってしまいます。しばらくの間、保健室や用務員室に逃げ込んでいました。

 

 

 

 

 

ある日、担任の先生にひょいとかつがれ、教室まで連れて行かれてしまいました。それからはいやいやながらも小学校に通っていました。

 

 

 

 

 

それから高校1年まで、不登校はしませんでした。ただ、ズル休みはたまにしていました。

 

 

 

 

 

熱っぽいと嘘をついて親から体温計をもらい、温度を感知するところを指先でこすって摩擦熱で温度を上げ、熱があるように偽装したり、頭が痛いと嘘をついたりして休んでいました。

 

 

 

 

 

それでも不登校まで至らなかったのは、「中学までは義務教育だから行っておかないとまずい」という意識が僕の頭のどこかにあったからだと思います。

 

 

 

 

 

学校に行くことが、死ぬほど辛いというほどのことでもなかったし・・・・・・。

 

 

 

 

 

義務教育でもない高校へ進学することに、多少の疑問を感じつつ、かといって他にやりたいこともないし、他のみんなが当然のように進学するので僕も高校へ入りました。

 

 

 

 

 

自分で言うのもなんですが、結構勉強はできたので塾へ通うこともなくそれなりのレベルの進学校に入学できました。

 

 

 

 

 

ただその学校には、中学時代の友人が一人もいませんでした。今思えば、人見知りが激しく、友だちづくりの下手な僕が、なぜ一人でも知っている人のいる高校を選ばなかったのか不思議です。

 

 

 

 

 

その当時は、高校へ行けば友達なんてものはすぐできると何の根拠もなく思っていました。入学してから1週間、友だちづくりにがんばりました。

 

 

 

 

 

でもやっぱり慣れないことはするものではなく、うまくいきませんでした。授業もまったく面白くなかったです。

 

 

 

 

 

「高校なんてつまらない」と思っていたところに、スポーツテストがやってきました。運動の苦手な僕にとって、スポーツテストは嫌いな学校の中でも特に嫌いな行事のひとつでした。

 

 

 

 

 

ましてやほとんど知らない人たちの前で恥をかいたら・・・・・・・。それまでの友だちづくりで失敗しているので、なおさらそう思ったのかもしれません。

 

 

 

 

 

それから高校に行かなくなりました。高校には行かなくなったけど、外には出ていました。中学時代の友だちと遊んだりもしていました。

 

 

 

 

 

ただやっぱり高校へ行かないのは問題だと思った親が、県の教育センターに通いだし、僕もそこに行くことになりました。

 

 

 

 

 

面接を受けるのですが、何かと学校に戻したがりました。「高卒認定試験を受けたいんですけど」と言えば「難しいよ」と返されます。

 

 

 

 

 

そういうのにとても違和感がありました。カウンセラーというよりは、学校の先生と話している感じがしました。

 

 

 

 

 

結局2、3ヶ月で行かなくなり、それからだんだん外に出られなくなりました。このころから僕の「ひきこもり」がはじまりました。

 

 

 

 

 

何年か前から、ひきこもりの人がたまにマスコミに登場するようになりました。僕も何回か取材を受けたことがあります。

 

 

 

 

 

こちらが言葉に詰まるような質問をされることもありましたが、それが悪意からではなく、純粋に知りたくて聞いているというのが伝わってきたので、あまりいやな感じはしませんでした。

 

 

 

 

 

言葉で整理すると、自分でもよくわかっていなかったことが見えてきたりするので、自分自身のためにもなると思いました。

 

 

 

 

 

かなり前から思い続けていることは、「ひきこもりっていうのは、そんなに悪いことなのか?」ということです。

 

 

 

 

 

最近、国が実態調査を始めたが、「ひきこもりは悪いことだ。何とかしなければ」というのが前提になっているようで、どうも気になります。

 

 

 

 

 

僕自身も、けっしてひきこもりがすばらしいことだとは思わないけれど、青年期の生き方のひとつとしてもう少し認めてくれてもいいような気がします。

 

 

 

 

 

僕はひきこもることで失ったものも多いけれど、それを補って余りあるものを得られたと思っています。そしてそれは、これからの人生に必ず生きてくると信じています。

 

 

 

 

 

人の生き方っていうのは、一人ひとり違うものであって、単純に善い、悪いを決められるようなものではないと思います。

 

 

 

 

 

確かに日本にひきこもりが100万人以上もいるというのは、少しおかしいのかもしれませんが、そんなに目くじら立てずにもう少し余裕をもった対応をしたほうが、結果的にひきこもりを減らすことにつながるような気がします。

 

 

 

 

 

「悪い」、「問題だ」、「何とかしなければ」と言えば言うほど、ひきこもりの人たちは追いつめられていきます。

 

 

 

 

 

それはひきこもりを減らすどころか、正反対の結果を導いてしまうと思います。

 

 

 

 

 

「ひきこもりをつくらない社会」が理想的なのかもしれませんが、はっきり言って無理だと思うので、せめて「ひきこもりから立ち直りやすい社会」をつくってほしいと思います。

 

 

 

 

 

これまでの僕の仲間関係を振り返ってみると、まず、小学3年のときにほとんど毎日遊んでいた友だちがいました。

 

 

 

 

 

趣味が同じということで、まなり意気投合していたのですが、クラス替えで疎遠になり、転校してしまってからはまったく連絡を取り合っていません。

 

 

 

 

 

中学のときは、仲のよい友だちはいたのに、なぜか学校以外で遊ぶということはあまりしませんでした。

 

 

 

 

 

部活や塾で忙しいというのもあったかもしれません。高校は1週間で行かなくなったので論外です。

 

 

 

 

 

高校入学後に、関東自立就労支援センターに通うようになりました。

 

 

 

 

 

外に出られるようになっても、人、特に同世代に対して恐怖心がありました。高校に入ったとき、雰囲気になじめなかったことが影響していたのかもしれません。

 

 

 

 

 

それでも少しずつ慣れていき、1年半後くらいから徐々に関東自立就労支援センターに通えるようになりました。

 

 

 

 

 

そして、他のメンバーとの交流が増えていきました。その後、いろいろと人間関係の変化がありましたが、今現在、ほとんど毎日のように会っている仲間が何人かいます。

 

 

 

 

 

会って何をしているかといえば、飯を食う、酒を飲む、ゲームをする、カラオケに行く、の3つのうちのどれか(あるいは複合)です。

 

 

 

 

 

こんなワンパターンがよくもまあ続くものだと自分でも思いますが、今まであまりこういう経験をしてこなかったので、とても新鮮だし、楽しいです。

 

 

 

 

 

ただし、楽しいばかりというわけでもありません。毎日毎日顔を合わせていれば、相手のよい面と同時に、いやな面も見えてきます。

 

 

 

 

 

ちょっとした弾みで文句のひとつも口走れば、気まずくなったりします。また、お互いの距離感の違いからギクシャクしたりもします。

 

 

 

 

 

僕はもっと距離をつめたいのですが、相手がそうは思っていない場合はうまくいきません。その逆もあります。

 

 

 

 

 

こんな経験をしていくうちになんとなくわかってきたような気がします。まあ、いろいろトラブルの多いわりにはよく続いているグループだと思います。

 

 

 

 

 

ただ、僕自身の問題だと思う点は、いったん仲のいい人たちができると、他にあまり目を向けなくなってしまうことです。

 

 

 

 

 

やっぱり気心知れた人といるほうが居心地がいいので、新しい人とめぐり合うチャンスがあっても、あまり積極的にはなれません。

 

 

 

 

 

むしろ、グループで固まってしまい、排他的な雰囲気さえ出してしまっているような気がします。

 

 

 

 

 

前より少しはましになったと思いますが、人見知りが激しいのはなかなか改善しません。

 

 

 

 

 

3年前から通信制の大学に通っています。その前の半年間は普通の大学に通っていました。僕の人生設計では、そのまま社会との再統合を果たすはずだったのですが、人間関係がしんどくなって辞めてしまいました。

 

 

 

 

 

辞めるときはけっこう辛かったです。高校に1週間で行けなくなったという過去があるので「またか」という思いがありました。

 

 

 

 

 

カウンセラーの「無理しすぎるとかえってよくないよ」という言葉で決心しました。

 

 

 

 

 

そうして無理なくできそうな通信制の大学に入りなおしましたが、3年たって取れた単位は半分ほどです。卒業まではまだまだかかりそうです。

 

 

 

 

 

周りの人たちには大学生があまりいません。難しいという先入観があるようです。確かに簡単というわけではないし、苦労する科目もあるけど基本的に自分の好きな科目を取れるので、死ぬほど辛いということは今のところありません。

 

 

 

 

 

苦手な科目をやらなくてはいけない高校のほうが、僕にとっては辛いような気もします。なぜ大学に行くかといえば、もちろん勉強したいからです。

 

 

 

 

 

興味のある分野があり、それを勉強しているととても楽しいです。将来的には、学んだ知識を生かした職業に就ければと思いますが、まだ先のことはわかりません。

 

 

 

 

 

大卒の資格にはあまり興味はありません。いまどき、そんな神通力があるとも思えません。

 

 

 

 

 

もうひとつ、実はこれのほうが重要なのかもしれませんが、どこかに所属しておきたいという所属欲求があります。

 

 

 

 

 

やっぱり何もしていないというのはすごく不安です。学生証が一枚あるだけで、自分も社会とつながっているんだという安心感が生まれます。

 

 

 

 

 

2、3年前にアルバイトをしようと思い立ち、ただ、一人でやるのはいやだったので、友だちと2人で面接を受けに行きました。

 

 

 

 

 

自分たちがひきこもりだということが極力ばれないようにしたのですが、いろいろなことを聞かれているうちに結局ばれてしまいました。

 

 

 

 

 

それが原因かどうかはわかりませんが、そこは落ちました。そのときは、面接を受けに行ったという事実だけで十分満足していたので、採用されなくてがっかりという気持ちと、ほっとする気持ちの両方がありました。

 

 

 

 

 

その次は、食品工場の短期のバイトです。これも友だちと2人で行きました。ところが面接らしい面接はなく、あっけなく採用されてしまいました。

 

 

 

 

 

どうやら希望者は全員採用されるようでした。勤務日も自分で決められるので、「これはけっこういいかな」と思いましたが、とんでもなかったです。

 

 

 

 

 

僕が配属されたのは、できあがった商品を箱詰めするラインでしたが、次から次へと商品が流れてきて休む暇がありませんでした。

 

 

 

 

 

おまけに僕は手抜きをせずに、一生懸命仕事をこなしていたので上司に気に入られてしまい、どんどん新しい仕事を押し付けられました。

 

 

 

 

 

午前中の仕事が終わってやっと昼休みだと食堂に行くと、人であふれかえっています。他のみんなが知り合いと話しながら食事をしている中、僕は一人わびしく昼食をとっていました。

 

 

 

 

 

 

休憩室に行っても人、人、人で休める場所がありませんでした。たまりかねて関東自立就労支援センターに電話をかけました。

 

 

 

 

 

スタッフと話している最中、泣きそうになってしまいました。「何で、俺ここにいるんだろう?」そんな思いを抱きながら午後の勤務に入りました。

 

 

 

 

 

時計が進むのがひどく遅く感じ、「もう1時間くらい経っただろう」と思っても実際には10分も経っていません。

 

 

 

 

 

それでもなんとか職務を全うして、帰ろうとしたのですが、ここに落とし穴がありました。現場からタイムカードを持って帰ってくるのを忘れてしまったのです。

 

 

 

 

 

事務所で指摘され、急いで戻ろうとしたのですが工場の中は迷路のようで迷ってしまいました。

 

 

 

 

 

途中で社員の人に聞いたのですが、どの人も「あそこまで行ったら、また別の人に聞いて」と自分の管轄以外はわからないらしく、たらいまわしにされました。

 

 

 

 

 

工場中走り回って、ようやく自分のタイムカードを見つけ出して、人より30分以上遅れてやっと帰れました。

 

 

 

 

 

次の勤務日の朝、少し迷いましたが結局退職の電話をかけました。いっしょにやった友だちは2日続きましたが、辞めるときは何の連絡もしなかったようです。

 

 

 

 

 

それでも会社からは何の連絡もなかったそうです。それからしばらく経って、関東自立就労支援センターの手伝いで、ある心理学の学会に行ったとき、偶然にもその会社の社員の方が来ていたので、思い切って自分がバイトしたときのことを話しました。

 

 

 

 

 

その人は「それは辛かったね」と聴いてくれ、「うちは社員のメンタルヘルスがまだ全然できていないから」というようなことも言ってくれました。

 

 

 

 

 

アルバイトなどにいたっては、ほとんど使い捨てのような状況らしく、1日で辞めてしまう人も多いそうです。

 

 

 

 

 

それまで、1日しか続かなかった自分を責めていたので少し安心しました。それ以来アルバイトはしていません。最近は「またやってみようかな」という気持ちになってきています。

 

 

 

 

 

ひきこもった人にとって、最後にして最大の難関は、旅立つことだと思います。僕も、一度旅立ちを試みたことがありました。

 

 

 

 

 

普通の大学に通っていたときがそうです。「このまま社会の流れに乗って、ひきこもりから脱出できれば・・・・・」そんな思いがありましたが、時期が早すぎたようでうまくいかず、結局、ひきこもりへ逆戻りしてしまいました。

 

 

 

 

 

それからの僕は、かなりマイペースになったと思います。焦らずに、自分の問題をひとつひとつじっくり解決していこうと決めました。

 

 

 

 

 

前よりも関東自立就労支援センターに出入りするようになり、一人暮らしも始めました。もちろんその間も、「旅立ち」という言葉は、常に頭のどこかにはありました。

 

 

 

 

 

けれど、あえて意識しないようにしていました。旅立とう旅立とうと思えば思うほど、逆に旅立てなくなってしまうような気がしました。

 

 

 

 

 

「なるようになるさ」今はそんな気持ちでいます。けれど同時に、「一生このままだったらどうしよう」という不安も常につきまとっています。

 

 

 

 

 

どうしたら旅立てるのか、誰かに教えてもらいたいのですが、やっぱり自分の人生は自分で切り開いていくしかないんだろうなあと思っています。

 

 

 

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