「ひきこもり」の統計
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「ひきこもり」の統計

ひきこもりに限ったことではありませんが、一般になにか健康上の問題が多発している場合、その量、すなわち患者数や発生頻度を把握することが必要になります。

 

 

 

 

それは、その問題の疫学的検討の第一歩であり、また国あるいは自治体れべるで対策を講じる際に必要な情報です。

 

 

 

 

さらに、その問題がどの程度社会に影響するかを推測する目安にもなります。問題が発生したとき、大部分の人がすぐに医療機関を受診するなら、その把握は比較的容易です。

 

 

 

 

わたしは精神障害の地域疫学調査研究に、平成12年からかかわってきました。それはWHOのプロジェクトに参加するかたちで、精神障害の実態把握の方法論を確立し、わが国において30年以上にわたって実施できなかった国レベルでの精神障害疫学調査を行って、統合失調症以外の精神障害の有病率を推定するための研究です。

 

 

 

 

現在までに日本全国の数箇所で実際に調査が実施され、順次資料が整備されつつある段階です。

 

 

 

 

この研究のなかで、とらえにくさを持つこころの問題を、被調査者のプライバシーや精神障害に対する偏見にも充分配慮しつつ、しかも科学的検討に耐えるだけの質を確保しながら、どのように量的に把握するか、という方法が議論されてきました。

 

 

 

 

そして平成14年度からは、ひきこもりについての項目が調査に加えられました。

 

 

 

 

以上の経験と把握された資料から、ひきこもりの量的把握の問題点、および数字で語ることの意味について論じてみたいと思います。

 

 

 

 

ひきこもりの量的把握の問題点

 

 

 

 

人の健康に関する情報を量的に把握するにはまず、「人数を数えること」が基本となります。

 

 

 

 

その問題が絶対量としてどのくらい存在し(人数)、相対的にどのくらいの重みをもった問題であるか(対人口割合・有病率など)が基本情報となるからです。

 

 

 

 

数えるためにはどういう人が「一」と数えられるか、つまりその対象を定義することが必須となります。

 

 

 

 

疾患の疫学で言えば診断基準にあたるものがなければ、同じく「一」とカウントされたものの均質性が保証されないからです。

 

 

 

 

しかし、ひきこもりは状態像であり、疾患ではありません。客観的検査があるわけではないし、動かしようのないような明瞭な「定義」が存在するわけでもありません。

 

 

 

 

したがって、ひきこもりをどのように定義するか、そしてどのような場で調査するかによって、量もそれにともなって変動します。

 

 

 

 

逆に言えば、状態像を定義することによって、何が把握できるかを調査者が決めるということです。

 

 

 

 

何を把握したいかということを踏まえた定義の吟味が必要だということでもあります。

 

 

 

 

これを明確にしないで科学的議論はできません。家族以外の人との交流を持たない期間がある程度以上、たとえば6ヶ月以上、ということのみで定義すれば、精神科も含めたなんらかの疾患によって他との交流ができないものが、すべて含まれることになります。

 

 

 

 

寝たきり老人なども含まれることになるでしょう。一般的なイメージとしては、ひきこもりは若者の問題である、ということで、これに年齢の制限、たとれば29歳以下という条件を付け加えたとすると、30歳以上のひきこもりは問題ではないのか、10年以上もひきこもって中年に達した人はどうするのか、などという問題が生じてきます。

 

 

 

 

厚生労働科学研究による精神障害疫学調査とともに行われた地域調査においては、次のような定義が用いられました。

 

 

 

 

すなわち、ひきこもりとは、「仕事や学校にゆかず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6ヶ月以上続けて自宅にひきこもっている」状態であり、時々は買い物などで外出することもあるという場合もひきこもりに含めました。

 

 

 

 

この調査の場合、対象を20歳から49歳としたので、老人は含まれていません。また同時に精神科の診断をつけることができるので、そのひきこもりが精神障害と関連しているか否かを検討することが可能です。

 

 

 

 

 

調査の場と結果の利用

 

 

 

 

さらに、ひきこもりを量的に把握したい、という場合にその把握した数量をどのように使いたいのか、ということを考えなくてはなりません。

 

 

 

 

疫学的にひきこもりの発生原因に迫るために厳密な発生率を把握したい場合と、精神保健福祉センターなどの相談機関に近い将来どの程度相談者が来る可能性があるかを予測したい場合では、どこでどのようにひきこもりを調査すればいいかが異なってきます。

 

 

 

 

前者ならば、地域のなかで継続的に観察して情報収集するシステムを構築する必要が出てきますし、後者ならば、ともかくなんらかの援助を求めているものを広く把握するするために、医療機関や相談機関、学校などの関係機関との連携が必要になるでしょう。

 

 

 

 

異なる目的で収集された量的データが必ずしも他の目的のために使えるとは限りません。

 

 

 

 

精神的な疾患や障害がひきこもりの背後に隠れている場合もありますし、まったくそのようなことがない場合もあります。

 

 

 

 

したがって、その問題を抱えた本人や家族が助けを求めるのは医療機関とは限らず、また他に助けを求めようとしない、求められない、求め方を知らないという場合も多いと思われます。

 

 

 

 

また相談相手としては、精神保健福祉センターや保健所、児童相談所、学校のような公的なものから、心理カウンセリングや当事者の組織、私塾、宗教家など、さまざまにわたっています。

 

 

 

 

このようなさまざまな社会資源は、個別の調査はできても、地域全体をカバーした量的な調査を行うのは難しいことが多いです。

 

 

 

 

学校は情報を多く持っていると思われますが、なかなかそのデータは外に出てくることはありません。

 

 

 

 

また学校から離れてしまった高校生年代以上、さらに長年にわたるひきこもりも把握しにくいものでしょう。

 

 

 

 

精神障害疫学調査にともなう、ひきこもりの実態調査によれば、平成14年度から16年までの3年間に、栃木、岡山、長崎、鹿児島4県の調査地区から無作為に抽出され、調査に同意した1186人の20歳から49歳までの対象者の中で、「仕事や学校にゆかず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6ヶ月以上続けて自宅にひきこもっている」状態が、今までの生涯において「あった」と回答したのは14人でした。

 

 

 

 

この対象における、ひきこもり経験率は1、18%であり、この比率の95%信頼区域は。0、57%~1、80%でした。

 

 

 

 

またすべての年齢の対象者(20歳以上)2974人(すべて別世帯)に、家族の中に、このひきこもりにあてはまる子どもがいるかをたずねたところ、2974世帯中20世帯にそのような問題が存在し、その率は0、67%(95%信頼区間0、38%~0、97%)でした。

 

 

 

 

複数のひきこもりがいる世帯はありませんでした。この率を平成15年度の全国の総世帯数にかけると、約32万世帯(95%信頼区間18万~46万)となります。

 

 

 

 

本調査の持つ限界として、無作為抽出標本であるとはいえ、抽出対象に対する調査協力同意率(回収率)が6割程度であること、および調査地域が西日本に偏っており、大都市部が含まれていないことがあります。

 

 

 

 

また、対象者が現在「ひきこもり」状態である、あるいは過去にそうであったこと、また、対象者の世帯に「ひきこもり」が存在することにより、対象者が調査に同意するか否かが影響される可能性があります。

 

 

 

 

おそらく自分や家族の「ひきこもり」の存在によって調査に同意しない可能性は高まると思われるので、本調査において示された「ひきこもり」経験率および「ひきこもり」のいる世帯数の推定値は、「低め」に見積もられたものであるといわなければならないでしょう。

 

 

 

 

この調査はまだ継続中であり、さらなる資料を追加して検討することが期待できます。

 

 

 

 

わたしが関わった調査以前には、ひきこもりの量的規模を推測した知見は、2001年に臨床教育研究所「虹」の行った調査研究のみであるといいます。

 

 

 

 

それによりますと、この調査は、教育評論家尾木直樹氏の講演会参加者を中心とした一般市民2934人を対象としたアンケート調査であり、そこからひきこもり人口を全国で80万から120万と推測しているとのことです。

 

 

 

 

推測の根拠は不明ですが、回答したもののなかで、身近にひきこもりの若者を知っている人が29,2%、家族にひきこもり事例を抱えている人が3%存在したという数字が元になっていると思われます。

 

 

 

 

もちろん、この対象者は教育評論家の講演を聴きに来ているという意味で、このような問題への関心も高く、また実際問題を抱えているために参加した人たちもいるであろうということを考えると、全国におけるこの問題の量的規模を推測するサンプルとして適切であるとは言いがたいと思います。

 

 

 

 

ですから、3%という数字をそのまま用いず、少し低めに見積もって80~120万という数字を示しているのでしょう。

 

 

 

 

また、福岡県のある町で、高校生~19歳および20歳台の青少年の健康調査と同時に、自記式質問紙によるひきこもりの有病率調査を行いました。

 

 

 

 

回収率はほぼ4分の1であり、551人から回答が得られました。ここでのひきこもりの定義は、「6ヶ月以上自宅にひきこもり、学校や会社に行かない状態が続いている」というものです。

 

 

 

 

現在ひきこもりである、あるいは過去にそうであったものは21人(現在7人、過去14人)、率にすると全体で3、81%、現在1,27%、過去2,50%でした。

 

 

 

 

回収率が低いために、予備調査という位置づけ以上の評価はできないと結論づけているため、全国値の推測などは行われていません。

 

 

 

 

経験率としてはわたしがかかわった調査よりかなり高い率です。対象年代が低いことによる影響も考慮しなくてはならないでしょう。

 

 

 

 

そのほかに、相談機関に来所したケースの実態調査がいくつか報告されています。

 

 

 

 

平成13年に埼玉県の県、市町村の相談機関、教育機関、民間相談機関、大学、精神病院、精神科診療所等、計450施設を対象とした3ヶ月の調査を行い、埼玉県の年間の相談件数を1540件と推定しています。

 

 

 

 

この際に使われた定義は、6ヶ月以上社会参加がない状態が持続し、その原因が統合失調症などの明らかな精神病ではなく、30歳未満にひきこもりを始めたもの、となっています。

 

 

 

 

同じく平成13年に国立精神・神経センター精神保健研究所精神保健計画部は、全国の都道府県政令指定都市の精神保健福祉センター56ヶ所に対して、質問紙調査を実施しました。

 

 

 

 

回答率は100%で、平成12年4月から9月の半年間に、精神病を背景とせずに6ヶ月以上家族以外の他者と交流しない中学生年代以上の事例の件数の報告を求めたところ、全国で599例ありました。

 

 

 

 

各センターでどういう定義を用いてひきこもりを把握しているかも調査した結果、共通した定義はありませんでしたが、ひきこもりの期間、状態像についてはおおむね一致していました。

 

 

 

 

「統計でウソをつく法」という名前のロングセラーの新書があります。この本は、統計学の入門書であり、反語的表現で統計数値の読み方を教えています。

 

 

 

 

つまり、だまされないためにだましの手口を知れ、という意味です。このような本が長く読み継がれているということは、数字にだまされることへの警戒心を持つ人が少なくないということなのでしょう。

 

 

 

 

たしかに世の中には「数字など信用しない」という態度をとる人もいます。その一方、数字で示されるとそれを鵜呑みにして信用してしまう人もいます。

 

 

 

 

ただ、これらの態度は両方とも間違っていると思います。数字は数字、数として示されたものは、なんらかの実態を示していることに間違いはありません。

 

 

 

 

要はその示された数字を、示された側がどのように読み解くかという問題なのです。

 

 

 

 

それでは例を挙げてみましょう。「A病に対するこの治療法の成功率は90%」という数字が示されたとしましょう。

 

 

 

 

鵜呑みにすれば「すばらしい」となるし、「そんなもん、信用できるか!」と思えば数字になんの意味もなくなります。

 

 

 

 

しかし実際この数字が何を意味しているのかをとらえようとするなら、まず、どういう根拠でこの数字が算出されたのかを知る必要があります。

 

 

 

 

科学的手法に則ってきちんと計画され、A病の定義から対象の抽出法、治療法の詳細、試験期間、転帰の判定法などが明示された学術論文に書かれ、専門雑誌に掲載されているものであれば、ほぼ信用できると考えてもいいでしょう。

 

 

 

 

しかし、そのような情報がまったくなく、パンフレットなどのキャッチコピーとして書かれているものなどなら、「信用するには情報が足りない、したがって信用するまでには至らない」という判断になるでしょう。

 

 

 

 

これが両極端です。この数字を示した人は、うそやでたらめを言ってはいないと仮定しましょう。

 

 

 

 

どうやって90%という数字を得たのか。たとえば、「自分のクリニックに来た人にこの治療法をすすめて、同意した人を治療しました。

 

 

 

 

治療には6週間かかりますが、途中で来なくなった人は数えていません。期間の最後まで治療に通った人のうち、90%は治っていました。

 

 

 

 

治ったかどうかの判断は自分でしています。それで成功率を90%と言いました」という答えが戻ってきたとしましょう。

 

 

 

 

ここまでわかれば、90%という数字をどう受け止めればいいかはかなり明確になります。

 

 

 

 

まずA病である人の90%、あるいはその治療法を始めた人の90%が治っているわけではないことがわかります。

 

 

 

 

だからこの数字は、A病ならその治療法を始めさえすれば9割がた治るのだ、ということを意味してはいません。

 

 

 

 

数字を見て「これならA病が9割治るのだ」と信じた人はだまされた、という感じを持つかもしれません。

 

 

 

 

しかし、だからといって90%という数字にまったく意味がないか、というとそうでもありません。

 

 

 

 

他の治療法でそのくらい治るのかということとの比較がほしいところではあります。

 

 

 

 

しかし治ったという判定が治療者と同じ医師によってなされているという弱点はあるものの、患者の側も結果を受け入れているとすれば、「最後まで治療に通ってきた人」の90%には望ましい効果があった、というのはうそとはいえません。

 

 

 

 

また、途中でやめてしまう人はどのくらいいるのか、それがごく少数ならかなりの効果があると見てもいいかもしれません。

 

 

 

 

100人来たうちの10人しか続かないということなら、全体としての効果はかなり小さいといわざるをえません。

 

 

 

 

それでも、その10人がどういう特徴を持っているA病なのか、というところを追求していけば、限定的ではあるかもしれませんが、有用な治療法だということが証明できるかもしれません。

 

 

 

 

ここまで考えれば、90%という数字が生きてくる可能性があるということになります。

 

 

 

 

だから、「数字なんぞ信用できん」という意見は、数字の力を認めたうえで、それが自分の期待した「質」の数字ではなかった、だまされた、という経験から派生するものでないか思います。

 

 

 

 

つまり数字を示す側はその数字の質を判断できる材料を同時に提供すべきであるし、数字を読む側は、それが自分の期待するものだと短絡的に信じないことが大切です。

 

 

 

 

冷静にその質を見極めれば、どんな数字であっても利用価値はあると思います。

 

 

 

 

ひきこもりの実数は、全国で200万人とも言われることがあるようです。しかしわたしはその数字の根拠を示した文献を知りません。

 

 

 

 

この記事で紹介した文献のひとつでは80万~120万と推測されたと紹介され、わたしの関わった調査では32万という数字が得られました。

 

 

 

 

このどちらを信用すればいいのかという疑問がわくのは自然です。しかし、どの数字もなんらかの根拠を持って言われているはずであり、どちらの数字にも意味はあります。

 

 

 

 

なぜ一方で高く、一方で低く出ているかは、説明がつくのです。合致しないからといって、両方が信用できないと切り捨てるのは得策ではありません。

 

 

 

 

ここで紹介した数字を検討してみれば、前者は講演会参加者という意味では「偏った」対象であり、質問紙への自記式の回答に基づくものでありますが、ひきこもり問題に関心が高い対象であるという特徴があります。

 

 

 

 

後者の数字は一般住民に依頼して同意を得られたものに対する調査であるがゆえに、実際に問題を持つものが調査からもれている可能性がありますが、科学的な手法に沿って対象を抽出し、一定の質問法を用いて面接した結果であるので、得られた数字は「最小限このくらいはある」という根拠にはなるだろうと推測できます。

 

 

 

 

それぞれが、強みと弱みを抱えていますが、簡単には全貌をあらわさない実態をなんとか推測しようとして、それぞれの切り口から見た情報を提供しているのです。

 

 

 

 

そのどちらかを利用するかは、数字を受け取って活用しようとする側が考えるべきことです。

 

 

 

 

数字は、それ自体が意味をもっているというよりは、それをどう読むかという読み手の側の利用法によって、意味のあるものにもなれば、無意味なものにもなります。

 

 

 

 

それが数字で示すことの力であり、限界です。数字の力を使った「だまし」に惑わされないようにするためには、その数字がどのようんな質をもったものかを見極める力が求められるのです。

 

 

 

 

自分の意見を主張しようとするとき、それに関連する数字を示すことによって、大きな説得力が生まれます。

 

 

 

 

逆に言えば、数字の裏づけのない議論には説得力が乏しいとも言えます。しかしそれだけに、どのように数字としてとらえるか、というもっとも基本のところであいまいさをもつ「調査」は、ある種の危険性をはらんでいると言えるでしょう。

 

 

 

 

最後に、数字を示す側に立つならば、結果に一定以上の質を保証できるような方法を用いて調査を計画していただきたいと、切に願うものです。

 

 

 

 

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