「あきらめない」ということ
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「あきらめない」ということ

絶望の淵に立たされた人がふたたび生き直してみよう、と希望をつかむには何が助けになるのでしょうか。

 

 

 

 

学歴でしょうか、お金でしょうか、名誉でしょうか。おそらくこのようなものは何一つ救いの命綱にはならないでしょう。

 

 

 

 

それは唯一、人間への信頼感、孤立しない人間関係の「術」、ただそれだけのような気がします。

 

 

 

 

その信頼感は、自分の揺れる感情を否定も肯定もせず、わがことのように聞いてくれ、安心して弱音(本音)を吐ける、そんな人との出会いの積み重ねによって生まれます。

 

 

 

 

いかなる状況になろうとも、か細い自分に関心を持ち、理解しようと努めてくれる、「けっして見捨てないよ」とひと言つぶやいてくれる、そこに「わたしは一人では生きていないんだ」という人間への信頼感が芽生えてきます。

 

 

 

 

人とつながった経験はめぐり合いへの希望を可能にしていく、とわたしには思えます。

 

 

 

 

「弱音(愚痴、甘え、嘆き、恥ずかしさ)を言ってもいいの?叱ったりしない?」と疑うことなく、自分の感情を抑圧せずに吐き出せる場を、子どもたちはもっているでしょうか。

 

 

 

 

わたしはそんな場を「帰る家」とイメージしています。せめて親には、その子どもの「帰る家」になってほしいと思います。

 

 

 

 

帰る家があるからこそ旅に出て、そのつらさにも耐えていけます。これはひきこもり状態やニート・不登校の状態で呻吟する子どもたちと触れ合う中でのわたしの実感です。

 

 

 

 

さらに、親以外の第三者(友達、先輩など)のあたたかいまなざしを受け止められれば、存在を認められていると思えれば、苦しみしか見えてこない世間にも生きることができます。

 

 

 

 

どうあろうとも、せめてこの二つの杖さえあれば、奈落の底から這い上がってこられる、とわたしには思えます。

 

 

 

 

ですが、悲しいことに、この強迫社会は容易にそのような場を子どもたち、親たちに与えてくれません。

 

 

 

 

子どもも大人もみんな、「心の納期」を強く迫られ、戸惑ったり、悩んだり、立ち止まったり、振り返ったりすることを許されません。

 

 

 

 

悩んで立ち止まってしまうことは、この社会では価値のないことだと思われてしまうのです。

 

 

 

 

あてにならない学歴主義とは思いながらもとりあえず、多くの子どもたちは、そこに相乗りし、敷かれたレールの上をわき目もふらず突っ走り、決められた納期までに到着し、まわりの期待する評価を納品しなければならないのです。

 

 

 

 

それは親とて同じ境遇に置かれています。

 

 

 

 

「父親は会社の子育てばかりして、俺の子育てを何もしてくれなかった」と息子に言われても、家族に背を向け、会社に行かなければなりません。

 

 

 

 

朝八時から夜八時までビジネス手帳に埋められていくのは、アポイントという納期です。

 

 

 

 

家族との語らいの約束は、書かれたとしても手帳の片隅に走り書き程度にです。

 

 

 

 

母親は「立派な子」をイメージし、夫になにかと指摘されないようにと、子どもの一挙一動に敏感になり、焦り、苛立ちます。

 

 

 

 

有名な高校、大学、会社に浪人せずに入れなければなりません。「早く子育てを終わって楽になりたい」との思いが、あとになって「十分に愛情をかけてあげられなかった」のではと、後悔になることすらあります。

 

 

 

 

そして、その焦燥感を夫に癒してほしかったと願い続けてきた無力感・・・。

 

 

 

 

強迫社会は、このような状況に耐えてきた子ども、親を「いい子、いい人、いい親」にしてしまいました。

 

 

 

 

家族一人ひとりが「人(親)に迷惑をかけるな」「心配させるな」「他人の世話になるな」「問題はなるべく自分で解決せよ」「がまんが大切」「弱音を吐くな」の合言葉を美徳としてきたため、つらさをひとりで抱え、他人を頼ったり、助けを求める方法すら見出せなくさせてしまいました。

 

 

 

 

父親は会社での嘆きを家庭でつまびらかにしないことを誇りにし、母親は食事と掃除と洗濯を欠かさず、空虚な思いには蓋を閉じました。

 

 

 

 

子どもは小さな胸を痛めても、「やさしさのあまり、他人に嫌な思いをさせることはできなかった」のです。

 

 

 

 

つらさを我慢し、緊張する日常も、バランスの取れた平和な、穏やかな家庭に見えていきます。

 

 

 

 

それぞれが「いい子(人)」の仮面をかぶり続けているのです。

 

 

 

 

四枚の便箋にいじめの苦しみ、家族への別れをびっしりと書き、帰らぬ人となった中二のA君(1994年、いじめ事件が社会問題化するきっかけとなった)のケースを見てみましょう。

 

 

 

 

「もっと生きたかったけど・・・・。まだやりたいことがたくさんあった」と、悔しさを記す一方で、「十四年間、本当にありがとうございました。

 

 

 

 

・・・・・僕は旅立ちます。いつも、心配をかけさせ、ワガママだし、育てるのにも苦労がかかったと思います。

 

 

 

 

・・・・・最後も、ご迷惑をかけて、すみません」と、徹底して家族への感謝を綴っています。

 

 

 

 

わたしはこの遺書を読んだ時、学校の無策や加害生徒の犯罪性は論外にして、もう一つ、「いい子」であった彼の追い詰められた心が痛々しかったです。

 

 

 

 

これほどまでに感謝している家族なのに、どうしてここに記されているつらさ、心細さ、孤独感、そんな弱音(本音)を家族に言えなかったのでしょうか。

 

 

 

 

チクリを心配したからでしょうか。それよりもわたしは、「ご迷惑をかけて」家族に混乱を与えてしまうことを恐れ、「いい子」を貫きとおすことを強いられたのではないかと思うのです。

 

 

 

 

「いい子」であったために素直に弱音を吐けなかったのではないでしょうか。いや、吐いてはならないと、強迫的に自らに言い聞かせ、素直な感情を抑圧し、善悪を自らの心の中で曖昧にしておけず、性急に納期(解決)を守ろうとしたのではないでしょうか。

 

 

 

 

そして、父親も母親も弱音を吐かない「いい人」ではなかったのでしょうか。それがまた子どもにとっては抑圧になったと思うのです。

 

 

 

 

「小さい頃から本当に手のかからない育てやすい、いい子だったのに」「小さいころから人に迷惑をかけない子どもに育ててきたのに、どうして今はこんなにも人(親)に迷惑を・・・・」こんなことを、素直な気持ちと断って話してくれる親御さんがいます。

 

 

 

 

しかし、人は迷惑をかけながら、やさしさや痛みやありがたさを学び、素直な感情(弱音)の表し方を獲得して成長するのだと思います。

 

 

 

 

弱音を吐きあい、その痛みにとまどい悩み、お互いを分かち合うとき、人間関係は深まっていきます。

 

 

 

 

その分かち合いには時間が必要です。時間をかけ、我慢強くそのとまどいに向き合うことが大切です。

 

 

 

 

弱音はとまどいです。強迫社会は、とまどいや痛みを分かち合う時間を与えてはくれません。

 

 

 

 

ですから人間関係の修復にも我慢強くなれません。

 

 

 

 

強迫社会に巻き込まれているわたしたちの家庭あるいは学校は、程度の差こそあれ、弱音の吐けない状況をかかえているのではないでしょうか。

 

 

 

 

そこに命が揺さぶられたとき、その一歩を踏みとどまる人間関係が育まれていきません。

 

 

 

 

自らの命に終止符を打ってしまう子どもがいるそのいっぽうで、「いい子」を強要してきた、その最たる張本人の親に、「もう、いい子ではいられない、もうできない」と怒りを暴力で表してくる子どももいます。

 

 

 

 

「今が良ければ親を責めたりしません。今、どうにもならない状態だから、悪いなって思いますけど・・・・・・こんなこと親にしか言えないから」と親に悪態をついている女性(二十六歳)がいます。

 

 

 

 

彼女は親の願いに叶って「手のかからない、育てやすい、いい子」でした。

 

 

 

 

優秀な成績で短大を卒業すると、大手の商社に入社しました。評価が高まると秘書課に配属されました。

 

 

 

 

「君は本当に気のきくいい人だ」と上司からも、依頼された仕事を納めるたびにほめられました。

 

 

 

 

ところがある日、彼女に「遅すぎた思春期」がやってきました。いつもは用事を頼まれると納めて「いい人」と言われてきましたが、この日、直属の上司の言い方が違っていました。

 

 

 

「君は本当にいい人だね。だからこれ頼むよ。今日中に」とほめ言葉が枕詞になっていたのです。

 

 

 

 

彼女は「いい人」というひと言で、いいように使われてきたんだと思うようになりました。

 

 

 

 

すると、これまでいつも他人の都合ばかりを思いやって、自分を抑えてまで「神様のようないい人」をしてきたことに、報われない虚しさを感じました。

 

 

 

 

「わたしだって人間だ、嫌な時だってあるし、断りたい場合だってある」と思うと、育ってきた境遇を恨みました。

 

 

 

 

そして家路につくと母親に、「いい子」できた二十六年間のくやしさを訴えました。

 

 

 

 

「わたしは小さい頃から、いい子(人)と言われてきた。だから人間なら誰もがもっている喜怒哀楽の怒(人を怒る)と楽(自分のために楽しむ)の感情を出せなくなったんだ。

 

 

 

 

いつも他人のために喜び、我慢し、悲しみ、わがままを言わないできた。わたしだって神様じゃなくて人間なのよ。

 

 

 

 

人間になるために今、アンタ(親)に反抗しているのよ。わかってよ、そんなわたしの気持ちを」

 

 

 

 

母親は、突然に彼女が暴力的になったことに心が混乱しました。

 

 

 

 

「母はやたらと泣きながら、わたしの幼い頃の思い出を言い出すんです。『とってもいい子だった』って。

 

 

 

 

わたし、超ムカツクんです。それって、今が悪いってことですよね。わたしは、何もかも我慢させられ、いい子にならされてきたんです。

 

 

 

 

このごろは、いい子でなくなったぶん、自分の意見が言えるようになりました」

 

 

 

 

母親の前では、手に負えない娘も、他人という距離を置いたわたしの前では冷静に自分を見つめています。

 

 

 

 

子どもは不安や恐れを抱いたとき、親に弱音を吐きながら「助けて!」と叫び、「抱いて!抱っこして!」と嗚咽したいと思っています。

 

 

 

 

その懐に飛び込んでいきたいと思っています。それをたびたび拒絶されると、安心して親の前で泣けなくなってしまいます。

 

 

 

 

子どもは親に助けを求め抱いてもらい、泣いて弱音を吐く「権利」があるのです。これを保護といいたいです。

 

 

 

 

わたしは過保護はすばらしいと思います。保護することに過ぎることはないと思います。

 

 

 

 

ただ、干渉はいけません。子どもの自主性を阻害してしまいます。過干渉は、子どものひとり立ちの芽をつんでしまいます。

 

 

 

 

干渉するのは、親がさびしさに耐えられないからだとわたしは思います。

 

 

 

 

駅のホームで、レストランで、街のどこかで、「いい子」を子どもに強要している親御さん、それに必死に従う子どもを見るたびに、わたしは悲しくてたまらなくなります。

 

 

 

 

その子の二十年後の切ない気持ちと、毎日向き合っているからでしょうか。

 

 

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